第69話 鏡の間
光る小石が、やっと地面に落ちた。膝をついて、息を整える。やっとたどり着いた。ダーチャも仰向けに倒れている。宮殿跡かと思うほど天井が高く、松明の明かりも天井を映し出すことはできない。三方を岩壁で区切られていて、その表面にはレリーフやら文字やらの装飾は一切ない。建物突き当たりの巨大な壁の前に立っていたマリアが近づいてきた。
「パラパラチャーハン」
「パラパラチャーハン」
「パラパラチャーハン、ああ」
ダーチャが泣き出した。
「マリー、私、とんでもないことを」
マリアが優しく抱きしめた。空腹と疲れと安心感が同時に襲ってきて泣いていいのか、笑って良いのかわからなかった。ここまで道案内をしてくれた小石を拾い上げる。ダーチャが泣き止んだのを見計らってマリアにたずねる。
「バルドビーノさんは?」
「まだ、来てません」
「バルドビーノさんは、どうしてわざわざ道案内役をかってでてくれたのかしら」
「パーティーを組むために、卒業生が足りなかったからではないですか」
「そうなんだけど、わざわざ道案内のために遺跡に同行する必要は無かった。こんな小石を作れるぐらいなら、遺跡の入口で待っていてくれてもよかったのに」
「たしかに、はじめからこの小石の存在を教えてくれてもよかったですね。でも今は、そのことを考えるのは辞めましょう。我々の本来の目的を果たすべきです」
マリアは、突き当たりの巨大な岩壁を指さした。
「クレーリア教授の話によると、この壁の向こうに隠し部屋があるかもしれないということです」
マリアと二人、手分けして壁の表面を丹念に調べてみる。ダーチャは、腰を下ろして火をおこしはじめた。
「皆さん、お腹が空いては良い案は浮かびません。腹ごしらえをしましょう」
「スケルトンがやってくるかもしれない」
「もう、そしたら、あとは逃げるだけです。クレーリア教授も、ここに到達すれば力を貸してくれるといってました。それに、もう何か温かいモノをたべなければ、一歩も動けません」
泣いた子がもう笑った。そのほうがずっとダーチャらしい。
「やはり何もないようですね。ただの石の壁にしかみえません。ナオ様は、どうですか」
「何も感じない」
石壁を見ながら火の周りで車座になって、暖かい甘いお茶を飲む。生き返った心地がする。お腹が鳴った。
「少しお待ちください、ナオ様。今から暖かい食事もご用意いたしますから」
じっと座って料理が出来るのを待つのは気恥ずかしい。さらに詳細に壁を触って調べてみる。今更、調べたところで見つかるはずもないだろうが。
壁は、表面を平らに加工した大きさの均一な石をブロックを積み上げるようにして作られていた。石と石の間には漆喰のようなもので埋められている。隠し部屋があるなら、どこかにわずかなつなぎ目などがあるはずだが、どこを触って見ても不審なつなぎ目のようなものはない。やはり、ビギナーズラックで見つかるほど簡単ではない。折角ここまでたどりついたというのに、何も収穫はないのか。
地上に帰って、もしもバルドビーノが居なかったら、どうしようか。もしも、バルドビーノさんが亡くなったとしたら、自分の責任だ。胸が締め付けられるように痛んだ。どうか無事でいてほしい。
奥の壁と右脇の壁の境まで来たとき、指に電気が走った。思わず手を引っ込める。電気が走った場所をじっと見つめる。壁がゆっくりと奥へと引っ込んでいく。思わず、声がうわずった。
「見つけた」
幅は人一人が横になって通れるかどうかというほど狭い。高さも、1メートル50、60センチぐらいしかない。奥に引っ込んだ先は暗闇ではない。明るい。二人が駆けてくる足音が聞こえるが、その明りから眼がはなせない。吸い寄せられるように、通路に入る。
細長い通路をぬけると、そこは鏡の部屋だった。壁がすべて鏡で覆われた部屋だった。明かりがないのに、部屋全体が光って見えた。その光はまぶしいほどで眼を細めないと目が痛いほどだ。
メルヘンチックな部屋では、決してない。天井、床、壁面にびっしりと鏡が敷き詰められているため無数の合わせ鏡が部屋中にあるようなもので、奥行きやら水平、垂直の感覚も全てが狂った部屋だ。
その部屋には、剣を右手に持ち、兜を頭蓋骨に乗せたスケルトンの兵士が立って待っていた。このスケルトンの兵士には、何故か恐怖よりも好奇心をかき立てられた。もっと近くで見てみたい。
もしもスケルトンの兵士が動き出したら、逃げ出せるように様子をうかがいながら少しずつ、部屋の中に入る。
スケルトンの兵士は、ナオが部屋の中に入っても、まるで彫像のように動かなかった。松明を掲げたマリアが部屋の入り口にやってきた。こんなに明るいのに、どうして松明が必要なのか不思議に思っていると、マリアは「ナオ様」と言ったあと絶句した。
「何ですか、この部屋は」
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