第66話 オブリタステラムへ
「どうして、こんなことをしなければならないんですか」
ダーチャは、涙声だ。マリアは、ダーチャとは対照的に弱音を吐くことも、疲れたところも見せなかった。日頃どんな訓練をしているのだろうか。自分で古代遺跡に行きたいと言い出した手前、自分から二人の前で弱音を吐く訳にはいかない。がしかし、ダーチャを元気づける言葉も思い浮かばなかった。自分も限界に近づいている。バルドビーノ図書館長がオブリタステラムに行ってくれることになり、パーティーの申請は通過した。だが、翌日から、バルドビーノの指導のもと特訓が開始されたのだ。
その特訓とは、荷物を持って山を登り降りするというものだ。もちろんバルドビーノも一緒にトレーニングに付き合ってくれていた。さすがに、荷物は背負っていなかったが、杖を突きながらヒョイヒョイと山を登っていく。ホントに杖が必要なのかと思うほど足腰がしっかりしている。もしかしたら、杖は、お洒落で持っているのかもしれない。
「ほれ、ダーチャ。死にたくなければ弱音は厳禁じゃぞ。オブリタステラムは、全て調査され、地図も作成されているが、決してピクニックで行くような場所じゃないんだぞ」
「毎日、この山を二往復するなんて、無理です」
「たった14日しか訓練しておらんぞ。まったく近頃の神官は、鍛錬が足りん。たるんでいる。ほれ、もう少しで頂上じゃ。そしたら休憩だぞ」
山頂にはテーブルも椅子もない。雑草の上にあぐらを掻いて車座に座る。心地よい風が汗を冷やして吹き抜ける。天気は良いが、暑すぎもせず寒すぎることもない。背中にしょってきたバッグから軽食を取り出す。ダーチャの大好物である羊の腸詰め亭のスープは、革袋に詰めた生ぬるい水に、青の牛角亭の蒸しパンサンドは、固くて塩っぱい黒パンに、時計台飯店の焼き肉は紐のような干し肉に変更だ。デザートのフルーツジャムは、チーズを砂糖で固めたキャラメルのような四角い飴に取って代わられた。それらは少しずつ唾液でふやかすように咀嚼して飲み込む。マリアが、食事を済まし、立ち上がった。ほとんど食べていない。訓練を開始してどんどんマリアの体が絞られていくのがわかった。軍と行動を共にすることもあるというから、これくらいは普通なのかもしれない。バルドビーノは、ポケットにいれていた飴だけをなめ、眼下の風景を眺めている。
「あとどれくらい、この訓練をつづけるのですか」
「あと7日ほどこの訓練をつづけて、オブリタステラムに挑もうと考えておる」
「あと7日もですか」
「7日も、じゃない。たった7日じゃ。オブリタステラムに満ちる邪気が弱まるのを見逃す手はない。いいか、クレーリアが指摘した部屋に行くには、片道2,3日かかるだろう。しかも、地下都市といっても平坦な道などほとんどない。登り降りを繰り返すことになる」
「近道はないんですか」
「儂が地図を確認して、最短経路を行くつもりじゃ」
「途中、何回か、不死者どもに襲われるだろうが、その点は現役神官二人がいるから鬼に金棒じゃ」
「館長、買いかぶり過ぎです。もしも危ないと思ったらすぐに引き返します」
「まあ、そうキリキリするな。折角の美人さんが台無しだ」
マリアは、あきらめた顔で首を横に振った。
「もっとも気をつけなければならないのは、ワイトだ」
「ワイトがいるなら、辞めましょうよ」とダーチャが言った。
「ワイトって何ですか」
「ワイトとは、憑依霊のことで、憑依されたら、ワイトが悪さをするまで、見破るのは難しい」
マリアは、リュックサックを背負い、いつでも下山出来る準備を整え、腰を下ろした。
「さらに、面倒くさいことに、ワイトに憑依された人からワイトを引き離すのが、恐ろしく難しいんです」
「マリアでも」
「はい。私でもきっと地下遺跡内では難しいでしょう」
「もしも、誰かがワイトに憑依されたら、どうにかして地上に引っ張っていくことが一番簡単で安全だと思います」
「地上なら、ワイトを退治できる?」
「私は、やったことがないですが、多分出来ます」
「そうか、アンデッドなら、太陽の光に弱かったりする?」
「いいえ、憑依した状態のワイトに太陽の光は関係ありません」
「さすが、マリアだ。よく勉強しておる。まあ、そういう厄介なヤツが徘徊しているから、これを絶対に肌身離さず持っておくように」
バルドビーノは、紐のついた小さな袋をみんなに渡した。匂い袋のようで少し臭い。
「この守り袋を持っていれば、ワイトに憑依されないはずじゃ」
「本当に大丈夫ですか」
ダーチャが不審顔でバルドビーノを見た。
「安心しろ。儂が開発した守り袋の効果は絶対だ。これで儂は、オブリタステラムの地図を完成させたと言っても過言ではない」
ダーチャの心配はもっともだ。こんな匂い袋みたいな小さなお守りでは、本当に役にたつのか不安になる。
「さっきも言ったが、憑依しただけのワイトを見つけるのは至難の業じゃが、一つだけ簡単にわかる方法も儂は見つけ出した」
「それは、どんな方法なんですか」
「ワイトに憑依された人間は、パピプペポが言えんのじゃ」
ダーチャが、深くため息をついた。
「そんな簡単なことで見分けられたら苦労しないですよ」
マリアも苦笑いを浮かべている。
「信じてくれ、これが一番簡単で確実な方法なんじゃ。まあ、たしかに論文にはそのことは、書いておらんがな」
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