第65話 古代遺跡研究室
在校生だったマリアとダーチャには土地勘があるのだろう、地図も見ずに学生達がいなくなった道をスイスイと進んでいく。ダーチャが懐かしがりながら、街を紹介してくれる。ティンカールーインを通り抜けてしまうかと思ったところで、立ち止まった。マリアが「ここです」と言った。窓の配置から、建物は三階建てだとわかる。外壁には、蔦が這っており、鉄柵で囲まれている。鉄柵越しには雑草が生い茂っている庭が見える。建物のすべての窓にカーテンが引かれていて中に人が居るのかどうかは、外からはわからない。
「ここは、何かの倉庫だとばっかり思っていました。あまり人の出入りがないので」
たしかに、研究室名や建物の名前を示すプレートの様なモノは何もなかった。知らなければわざわざ鉄柵の門を開けて建物内に入ろうとは思わないだろう。
「よく見て、ダッチャ。生徒の時は、まったく気づかなかったけど、よく見れば、建物あちらこちらに、印がほどこされている」
「ほんとだ。よく見ないとわからないけど、これは、何の印かしら」
「見たことのない印、だけど、隠遁の印に似ている」
「取りあえず、入ってみましょう」、と言って鉄柵に伸ばした手が止まった。鉄柵は、かすかに光っていた。この街は、一見のどかなのだが、私にとっては危険にあふれている。ためらっているうちに、ダーチャが鉄柵に手をかけた。鉄柵は、古めかしかったが、軽く押すと音もなく内側に開いた。マリアがダーチャに続く。最後に門をくぐる。門を閉めるために触って見る。鉄柵の光が消え、鉄柵の門は、ギーギーと嫌な音を立てた。鉄柵の滑りを良くするための魔術がかかっていたようだ。ごめんなさい。
ダーチャが玄関のドアをノックした。返事はない。
「だれも居ないのかもしれない」
玄関のドアノブを回した。
「開いています」
「良かったですね、ナオ様。誰かいるようです」
建物の中は、ほのかに明るかった。天井にポツリポツリと豆電球みたいなガラスでできた球体がぶら下がっていた。それがかすかに青白い光を発していた。入ってすぐ右手には、二階へあがる階段がある。エントランスから奥に向かって一本廊下が延びている。廊下に面して左右にいくつかのドアが見えたが、すべて閉まっている。「こんにちは」と何度か挨拶しても返事はない。
「私たちは上の階を見てきます」
マリアとダーチャは、階段を駆け上がっていった。入口でぼーっと突っ立っていても役に立たない。鍵の開いている部屋があるか確認してみよう。幸いどのドアも光を発していない。
まずは、入口に一番近いドアを押してみる。内側にドアは開いた。中を覘く。部屋の中には、埃まみれ、土まみれのガラクタが散乱していた。足の踏み場もない。古代遺跡から発掘してきた品々だろうか。どれもこれも無造作に床に置かれているように見える。どうやって整理するのか、他人事ながら心配だ。
「おい、ここで何をしておる」
背後からいきなり声をかけられ、跳び上がった。人は、本当にびっくりしたときは悲鳴は上げられず、跳びはねるのだと場違いなことを考えながらゆっくり振り返った。
「すみません、怪しいものではないのです」
立っていたのは、杖をついた老人だった。もしかしたら、彼が古代遺跡研究室の教授かもしれない。老人がいきなり、胸を押さえ苦しみだした。膝を折りうずくまった。心臓発作?
「どうしたんですか、大丈夫ですか」
老人の背中に手を添える。
「マリア、ダーチャ、ちょっと来て」
突然空いている手をぎゅっと握られた。今度は、悲鳴を上げた。悲鳴を聞きつけて、マリアとダーチャが階段を駆け下りてきた。いち早く降りてきたダーチャは、老人に体当たりをぶちかました。老人は、床に散らばったガラクタの中に突っ込んだ。モノが割れる音がして、埃が盛大に舞い上がった。
***
「もっと優しく揉んでおくれ」
「ほんとうに済みませんでした、図書館長」
ダーチャは、本当に申し訳なさそうに、老人の肩を揉んでいた。手をいきなりつかんだ老人は、アドソ魔術学校図書館長バルドビーノさんだった。ダーチャに突き飛ばされたバルドビーノさんは、ダーチャに肩もみを命じたのだ。
「今度は、反対の肩も頼むぞ」
苦笑いをしていたマリアが、図書館長に向かって言った。
「館長、それぐらいで許してやってくださいよ。悪いのは、館長なんですから」
「儂のどこが悪かったというのか、マリア君」
「ナオ様の手をいきなりつかんだのは、明らかにやり過ぎです」
ダーチャが、肩を揉む手をとめて、言った。
「あ、そうですよ。ナオ様の手を握るなんて、不遜です」
「何が不遜じゃ。目の前に乙女の手があれば、触れてみたいと思うのは、老人の権利だろう」
「そんな権利はありません」
ダーチャが、老人の両肩をドンと両手で叩いた。
「全然凝っていませんでした、図書館長」
「まったく残念なことじゃな」
何が残念なのか、わからないが、私は、老人に手を握られ損ということか。これだけ大騒ぎしたのに、だれも様子を見に来ないということは、この建物に古代遺跡研究室の人はいないということだろう。明日また来てみるか。もしかしたら、研究室の人が顔を出しているかもしれない。同時にベイナキュブに手紙を出しておこう。返事が返ってくるまでは、古代遺跡に関する文献を調査し、探検の準備にあてるか。
「ところで、お嬢さん達は、ここに何か用事があったんじゃろう」
「ええ、そうなんです。でも留守のようなのでまた明日来てみます」
「明日、来ても誰もおらんわ」
「やはり、どこかへ調査に行っているのですか」
「正解じゃ。古代遺跡研究室の連中は、発掘調査に出かけちまったからだ」
「いつぐらいに戻られますか」
「半年は帰ってこないだろう」
だめだ。間に合わない。マリアが怪訝そうにたずねた。
「どうして、館長が知っているんですか」
「儂は、こう見えても昔、古代都市遺跡研究室の助手じゃったんだ。まあ、訳あって途中から図書館に移動したんだがな」
セクハラ問題でも犯したんだろう。
「古代遺跡研究室に何の用があったんだ。手伝えるなら儂が力になってやろう」
「地下の古代遺跡、オブリタステラムに関する情報が欲しいんです。ついでに、この学校を卒業した卒業生も一人紹介してもらおうと思ったんですが」
「なんだ、今さらオブリタステラムへ潜ろうというのか」
「はい、どうしてもそこで確かめたいことがあるので」
「よし、それなら、儂が案内してやろう」
「いえ、でも館長にこれ以上迷惑をかけるわけにもいきません」
「いいや、その役目には儂が適任だ。なぜなら、儂は、この学校の卒業生であり、かつ、オブリタステラムの地図を完成させた男なんだからな」
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