第63話 聖女歴史教室
ルチャーナは、ドアをノックもせずにドアを開けた。
「教授、聖女様をお連れしました」
聖女歴史学教授クレーリアの部屋の中には、酒瓶と蔵書で満たされていた。もしかしたら、図書館の本を借りてきて返却してなかったりするのだろうか。
クレーリア教授は、椅子の背もたれに寄っかかり、両脚を机の上にのせていた。椅子の前側は宙に浮いている。クレーリアは、左手に本をもちながら、右手で床に置いてある酒瓶をとり、同じく床に置いてあるコップに器用に酒を注ぎ入れた。そんな格好なら、酒瓶に口をつけて酒を飲んでも同じだろうと思ったがもちろん口にはださない。
「私は、今の聖女には興味がない、と言わなかったかな、ルチャーナ」
どういうわけか、この街の人には良いように思われていないらしい。相性がとても悪いのかもしれない。
「すみません。お連れするつもりはなかったのですが、途中、ファビオラ教授とちょっと問題が起こりまして」
「ほう、あの雌豚が何かやらかしたのか」
「はい。こちらにおいでの聖女様に対して、聖女である証拠を見せろと迫りました」
「面白いな」
「それで、聖女様は、どうした」
聖女と呼ばれるのに抵抗はあるが、目の前に居るのにその言いようは、あまり気持ちの良いモノではない。マリアが話に割って入った。
「クレーリア教授」
「そんな大きな声を出さなくても、聞こえているぞ。マリア」
「聖女様がいらっしゃるのに、余りに失礼な態度ではないですか」
「確かに、そう見えるかもしれないが、私には私の行動基準がある」
「その基準には、聖女様は影響を与えないとおっしゃるのですね」
「そうは、言ってない。実際、こうやって、話に付き合っている」
「ご挨拶が遅れました。私、ナオと言います。クレーリア教授の貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます」
「多少、礼儀はわきまえているようだな」
「それで、ルチャーナ。聖女様ご一行をここにお連れした理由を詳しく聞こう」
クレーリア教授は、手に持ったコップに口を付けて中の液体を飲みこんだ。ルチャーナは、図書館での顛末をクレーリアに語った。
「なるほど、話はわかった。だがしかし、他人のお世話になろうというのに手土産一つ持ってこないというのは感心しないな」
「すみません。今日、ついさっきこの街に着いたものですから、お店も何も知らないのです」
「あなたは、そうかもしれないが、マリアとダーチャは、この学校出身だ。どこに店があって、何を売っているのかは、卒業して日は経つが、まだ私より詳しいだろう」
これ以上、マリアとダーチャに肩身の狭い思いはさせられない。
「申し訳ございません。すべて私の至らなさです。これからすぐに買いに行きます。日を改めてご挨拶させていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「ナオ様、そんなにへりくだる必要はございません」
「私は、こう見えても忙しいのだ。どうしても、知恵がほしいなら、禁書の一冊でも手土産に持ってきてもらいたいところだが。ああそうだ。良いことを思いだしたぞ。これなら、一挙両得だ」
「何か、良い案がありますか。クレーリア教授」
「この学校の地下には、古代地下都市の遺跡が眠っている。名前をオブリタステラムという」
マリアとダーチャはお互いの顔を見合わせて首をひねった。
「そんな話は、初耳です」
「それはそうだろう。生徒にはまったく関係ない話だ。もしも、生徒に知られて何か問題が発生しても面倒だから、このことは、一部の教授と古代遺跡研究室の者しか知らない」
「そこを調べてくるということですか」
「そうだ。察しがいいな。簡単なことだ。古代地下遺跡に関しては、ずっと昔に調べ尽くされていて地図が完成している」
マリアが言った。
「それで今更、何を調べてこいというのですか」
「実は、過去の論文を読んでいて気になっている点がある。詳しい話は省略するが簡単に言えば、聖女にしか開けられない隠された秘密の部屋があるという伝説がある。もしも、あなたが聖女なら、もしかしたらその部屋を見つけられるかもしれない」
「それは、問題が違うのではありませんか」、マリアにしては珍しく、語気を荒めたいいようだった。
「どうして」
「聖女にしか開けられない部屋というのは、伝説ですよね。もしもナオ様にも見つけられない時は、伝説自体が間違っているということで、ナオ様が聖女であるかどうかとは無関係です」
「確かにその可能性もある。しかし、私の研究では、聖女なら見つけられるし、開けられるのではないかと考えている」
「確信がおありですか」
「確信はある。だから、こうしよう。もしも私の指定する場所にいって、調べてみて、何も起こらなかったとしても、ファビオラを説得し結界を解かせよう。ヤツが拒否しても、私が、あの結界も解いてあげよう」
「結界を解呪できるのですか」
「まあ、やってみなければわからないが、いろいろ手は尽くしてみよう」
「どうされますか、ナオ様」
マリア、ひどい。ここまで話がお膳立てされていて、断ることなんかできるだろうか。ダーチャは、両手を握りしめて、じっとこちらを見ている。クレーリア教授は、ニヤニヤ笑っている。ルチャーナは、あごに手を当て、こちらを見ている。人喰いスライムに食べられ息絶えた人の顔が浮かんだ。ここまで来て引き下がる訳には、いかない。失うものを考えるな。
「わかりました。試してみます」
「よし、面白いことになった」
「オプリタステラムの地図は、古代遺跡研究室が保管しているはずだ」
「今後のことは、ルチャーナ。頼んだぞ」
ダーチャは、真剣な表情をしてルチャーナを睨んだ。
「ルチャーナ先輩、この続きは明日でいいですか。私たち、旅の荷物も置いてないし、もうお腹が空きすぎていて。死にそうなんです」
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