第62話 聖女の間
その答えは、一言で言えばショックだった。
「ナオ様には、申し訳ないのですが、素人の方が読めるような魔術の本は、ありません」
ダーチャがものすごい剣幕で怒り出した。
「いくらルチャーナ先輩でも、それは失礼です」
「私は、無理な物は無理と言っているの。あなたたちこそ、神聖魔術を勉強したのだから、それくらい知っているでしょう」
「何年も、基礎を勉強してやっと専門用語、概念、理論、実践方法を覚えられるもの。それを、突然来て、神聖魔術も使えないのに、聖女様の魔術を知りたいと言われても」
確かに、そうだ。どうやら、私はとんだ勘違いをしていたようだ。たぶん、マリアもダーチャもサーバもそのことは理解していたに違いないが、私の顔を潰さぬように注意できないでいたのだろう。その気づかいに気がつかなかった自分がとっても恥ずかしい。
それでもやはり、折角ここまできたのだから、今すぐに光るモノの正体がわからずとも、そういう記述があるのかどうなのか自分の目で確かめたい。確かめなければ、おびえているだけで先に進めない。一歩、ルチャーナに近づいた。ルチャーナが緊張したのが伝わってきた。私より先に、マリアが口を開いた。
「ルチャーナさん、あなたの意見はわかりました」
「本が理解できるかどうか、問題ではありません。ナオ様が読みたい本を、なければ最もそれに近い本を提示するのが、あなたの役目。よろしいですか、あなたに神聖魔術のなんたるかを講義される必要はございません」
ルチャーナが、ぎろっとマリアと私を睨んだ。顔色が真っ青だ。そんな怖い顔をしないで。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ルチャーナは、部屋の奥へどんどん進んでいく。部屋に入った瞬間に広い部屋だとは思ったが、もしかしたら二階全部が聖女の間のかもしれない。突き当たりの壁の前でルチャーナが止まった。そこには、すでに女性が立っていった。年の頃は、三〇代後半、すらっとした体型で、薄灰色の上品なマントを羽織っていた。マリアが耳打ちした。
「ファビオラ教授です」
その声には、警戒している様子が感じ取れた。ルチャーナが、ファビオラに挨拶した。
「ファビオラ教授、いかがされましたか」
「いや、天才マリアと食いしん坊ダーチャのコンビがこの学校に帰ってきたと聞いたんで、どれほど出世したのかと見にきたんだ」
マリアが小さくため息をついた。さらに萎縮したダーチャをかばうようにダーチャの前に移動し、マリアは挨拶した。
「お久しぶりです。ファビオラ教授。こちらが、聖女ナオ様です」
ファビオラは、マリアの挨拶は無視し、私の目を見てから深く頭をさげた。眼光鋭く、目鼻のしっかりした美形だ。眉毛は細く、唇はきゅっと結ばれている。
「聖女魔術研究室で教授をしておりますファビオラです」
「ナオと申します。よろしくお願いいたします。聖女の魔術を研究されているのですか」
「そうです」
なんという幸運なのか。すべてを明かしてこの女性に聞いてしまおうか。そうすれば、面倒な文献調査などせずに終わる。だが、もしも、自分の言っていることが理解されなかったとしたらどうなるだろうか。もしも、自分の言ったことが、聖女にふさわしくないことならどういうことになるだろうか。そのとき、マリアもダーチャも、私をどのように思うだろうか。だめだ。今更、そんなことはできない。もしも、聖女じゃないと言われたら、私は、この世界で生きていけない。
「立ち聞きするつもりはなかったんだが、聞こえてきてしまった物はしょうがないよな、ルチャーナ」
ルチャーナは、ばつが悪そうに、うつむいた。
「聖女様がお探しなのは、この本だとおもわれます」
ファビオラ教授は、他の本とは別に、壁際の書見台に置かれている本を指さした。何故か、一目で「この本こそ、私が読むべき本」だと直感した。書見台の周りは、鎖で囲まれていた。鎖の内側は、うっすらと光のカーテンで覆われているように見える。これまでの経験から、他の人には鎖で囲われているだけに見えていることだろう。
「この本は、封印の書と呼ばれており、今は誰も本を開くことさえできません。ただ言い伝えでは、聖女の直筆の本と言われており、すべての神聖魔術の源流が書かれていると言われております」
「この本は何故、こんなに厳重に封印されているんですか」
「さすがです。これが見た目以上に厳重に扱われていることがおわかりですか」
あの光のカーテンに触れれば、封印は消えて無くなってしまうだろうと思う。だが、それでは、話が大事になってしまう。だが、せっかくここまで来たのだ。ビビっている場合ではない。
「あのう、封印の書に触って見たいのですが」
「それは無理です。封印の書は、盗まれぬように外側からさらに封印されています。うかつに触ると、怪我をします。最悪、死にます」
「それほど重要ということですか」
「そうです。この本は、神聖魔術の根本と考えられております。封印されていて本自体が読めないとは言え、大切な本に変わりはありません。もしもの場合に備え万全を期すのは当然です」
マリアが言った。
「ファビオラ教授、失礼ではないですか。聖女様が見てみたいとおっしゃっているのですよ。術が施されているなら、解いてください」
「失礼ながら、申し上げます。私は、まだ聖女の奇跡を見ておりません。出来ますれば、聖女であるという証をお示しください」
「そんなことは、必要ありません。ナオ様はすでに、ウルツット離宮にて、私たちに聖女の奇跡をお見せ下さいました。私たちが生きてここにいられることが証左です」
ファビオラ教授は、何も返答をせずに、つくり笑顔をうかべ、お辞儀をして立ち去った。ファビオラ教授の姿が見えなくなり、たっぷり時間がたってからダーチャが口を開いた。
「んもう。よりによってあの意地悪婆の結界がはってあるなんて最悪です」
マリアが、あごに人差し指をおいてため息をついた。
「そうね。ファビオラ教授は、聖女魔術の第一人者だから、きっと他の魔術師の解けない結界がはってあってもおかしくはないわね。どうしましょう」
ルチャーナが、鼻で笑った。
「ふん、そんなこともわからないとは、天才もベイナキュブで世間の波にもまれて凡人に落ちたか」
「ルチャーナ先輩、いちいちマリーに突っかかるのはどうかと思います」
「うるさい、太っちょ。お前には話してない」
「ルチャーナさん。もし、何か良いアイデアをお持ちなら、教えてください」
「太っちょダーチャ。私の教室の教授はだれた」
マリアは、満面に笑みで応えた。
「わかった、ルチャーナ」
「貴様らはいつもそうだった。私は、太っちょダーチャに聞いたのだ。マリアには聞いてない」
「ごめんなさい、ルチャーナ。いくらでも、謝るから、ファビオラ教授の天敵、聖女歴史教室のクレーリア教授に会わせて」
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