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第61話 図書館

 本校舎のほぼ全ての扉が、ほのかに光っている。普通に歩いていれば、触れることはないとわかっているが、光に包囲されているようで緊張してしまう。ダーチャが、前を歩くルチャーナに話しかけた。


「ルチャーナ先輩、お久しぶりです」


 ルチャーナは、立ち止まり振り返った。


「あなたたちと話すことは何もないわ」


「それは、冷た過ぎですよ。ルチャーナ先輩とマリアは、同期じゃないですか」


 ルチャーナは、マリアと目を合わそうともせず言った。


「天才と同期というだけで、それ以外別に接点なんてないけど」


 マリアが、苦笑いをうかべ言った。


「ルチャーナさん、案内を続けてくださる」


 ルチャーナは、返事をせず歩き始めた。本校舎脇から外にでた。そこは屋根のある回廊だった。ほっと、一息入れる。ルチャーナは、本校舎の裏手に向かって回廊をずんずん進んでいく。やがて石造りの二階建ての建物が見えた。マリアが指をさした。


「あれが図書館です」


 素っ気ないほどなにも装飾が施されていない建物だった。ただ、入口の木製の扉に、本を形取ったマレリーフが飾りとされていた。綺麗でも気が利いている訳でもないが、光っていないだけで100%好感が持てるドアだ。建物の中に入ると、廊下が奥に向かってのびている。廊下の左右の壁には一定の間隔でドアがある。これらのドアも光っている。まったく困ったものだ。


「どうされましたか、ナオ様」


 マリアが心配そうな顔をしている。


「いいえ、何にも」


 ルチャーナは、そんな会話のことなど気にもせず、どんどん廊下を進んでいく。ダーチャが、ルチャーナの背中に向けて言った。


「ルチャーナ先輩、ちょっとゆっくり歩いてください」


 ルチャーナは、立ち止まり、マリアとダーチャを順に見た。


「ナオ様は、朝からずっと歩かれているのです。少しゆっくり歩いてください」


 ルチャーナは、「申し訳ございませんでした」といって頭を下げた。顔を上げたとき、ルチャーナは、私をちらっと睨んだ。光るドアや建物に圧倒され、ぼーっとしていてみんなに気を遣わせてしまった。謝っておこう。


「すみません、ルチャーナさん。ちょっと、疲れがでてしまっただけです。今は、もう大丈夫ですから」


「ですが、ナオ様」


 ルチャーナは、明らかにダーチャを睨んだ。これ以上、仲が悪いところを知る必要はない。


「さあ、ルチャーナさん。さあ、先に進みましょう」


 ルチャーナは、大きくため息をついて再び先頭を歩き始めた。ため息をつきたいのは、こっちの方だ。マリアは、ダーチャの肩に手を置いて慰めた。ルチャーナが立ち止まりドアをノックした。そのドアは、光っていなかった。中から反応がない。もう一度、ドアをノックし、尚も反応がないのを確認してから、ルチャーナはドアを開けた。ドアの上の梁の部分に図書館長と書かれたプレートが打ち付けられていた。


「いないわ。まったく。あれほど部屋にいてくださいって言ったのに」


 あからさまに音を立ててルチャーナがドアを閉めた。これまで黙っていたマリアが、ルチャーナに言った。


「ナオ様のお時間は貴重です。当初、お願いしていましたように聖女様に関する本を紹介してください」


 マリアは、先ほどからのやりとりから、昔の立場を捨て現在の立場からモノを言うことに決めたようだ。ルチャーナは、苦虫をかみつぶしたような表情で頭をさげ「申し訳ございません」と言った。


「頭を下げる必要はありません。聖女様に関する本の場所はご存じですよね」


「はい」


「ではよろしくお願いいたします」


 ルチャーナは、うつむいて廊下を戻り二階へ昇っていった。


「ここが、聖女の間と呼ばれる図書室です。聖女様に関する書籍、文献、報告書がまとめられています」


 ドアには、たしかに「聖女の間」と木のプレートが掛けられている。ルチャーナがドアを開ける。中から、紙の匂い、インクの匂い、革の匂い、糊の匂い、カビの匂いも混じっているかもしれない、それが渾然となって流れ出てきた。ルチャーナは、深呼吸した。それまでの険しい表示は消えていて、恍惚とした表情に変わっていた。ダーチャは顔をしかめ、マリアは、腕組みを解いた。


「この部屋には、数千冊ほど所蔵されています。私も全ては把握しておりませんが、どのような本をお探しでしょうか」


 ルチャーナが、今日一番愛想の良い顔をしていた。口調までも別人だ。機嫌はすっかり直ってしまったようだ。


 ダーチャが耳元でささやいた。ルチャーナ先輩は、古書中毒なんですよ。古書中毒ってなんだ? マリアが、本棚から一冊本を抜き出し、パラパラとめくった。


「勝手に触らないでください、マリア特級神官」


 ルチャーナが、マリアとはじめて面と向かって対した。


「相変わらず変わってないのね、ルチャーナ」


「そうよ。マリア。ここならあなたよりも詳しくいられる」


「ここ以外にも、あなたの方がいろいろ優秀だと思うけど」


「特級神官になられて、おべっかもうまくなったようね」


「あの、ルチャーナさんは、聖女歴史教室の助手さんって紹介されましたけど、この部屋で働いていらっしゃるの」


「そうです。聖女様の歴史に関して研究しております。資料を整理し、分類し調べ上げるのが、私の仕事です。聖女の間では誰にも負けない。ここは、私の聖域です」

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