第59話 ティンカールーイン
道端に全体が仄かに光っている木製の立て看板 道端に全体が仄かに光っている木製の立て看板が置いてある。「ようこそ、ティンカールーインへ」と書かれている。風雨にさらされているのに朽ち果てた様子は、少しもない。まるで、ついさっき作り直しされ、設置されたかのように見える。この立て看板に触ったら何が起こるのか、興味はあるが、これまでの経験から触ってはいけないものだとわかる。
「ナオ様、やっとつきましたね」
ダーチャが、手荷物を地面に置いて、深呼吸した。ウルツット離宮から、歩いて五日かかってやっとアドソ魔術学校のある街、ティンカールーインに到着した。
サーバがティンカールーインまで同行してくれれば馬車での移動もあるかとはじめは期待したが、体調が良くなるころには別の仕事が入ったらしくいなくなってしまった。
結局、徒歩で旅を続けることとなった。野宿こそしなかったが、民家の軒を借りることもあった。フェッド隊長は、もちろん、マリアやダーチャも、文句を言わなかったので、弱音も吐かず頑張ってこれた。三人には、感謝してもしきれない。結果として、これまでの人生で一番過酷な旅となったが、女三人の結束はより一層固いモノになった。
「門番とかいないんですね」
マリアが、微笑みを浮かべて言った。
「ナオ様、とんでもない田舎町で驚かれましたか」
ダーチャも微笑んでいる。
「食べ物は美味しいですけど、街を歩くのは、家畜か、農家か、魔術を学ぶ学生か、という具合です」
「全然、そうは思いませんよ」
これは、ただのリップサービスではない。確かに、見た目は、思っていた以上に田舎だった。ベイナキュブみたいにいっぱいお店があって、学生が店でお茶を飲みながら勉強や談笑をしているみたいな伸び伸びとしたイメージをもっていたが、そのイメージは完全に覆された。
違う意味で、この街は想像以上だった。街の入口を示す立て看板だけではない。一部の建物や柵などが光っているのだった。それらは、多分何かしらの魔術が掛けられているという証拠であり、うっかり触れれば良くないことが起こる。つまりある意味、この街は私にとても緊張を強いる街だということだ。ダーチャがため息をついた。
「どうしたのダーチャ」
「気が重いです」
「なんで? ここは、ダーチャの母校でもあるんでしょう」
「マリーは良いですよ。天才の名をほしいままにしていたんですから。それに比べ、私は、凡人。それに、ここの校長は苦手なんです」
「何言ってんの、ダッチャ。アドソ魔術学校に入学できるだけで最高の栄誉よ」
「そうはいっても、幼馴染みの天才に言われても納得感がないわ」
「マリアは、そんなに天才なんですか」
「そりゃあ、天才ですよ。通常、アドソ魔術学校に入学するのは、10歳からですが、マリーは特例で8歳から入学したんです。さらに、入学してからも、飛び級して通常8年かかるところを4年で卒業したんです。だから幼馴染みですけれど、この学校で一緒に勉強したのは、たった2年間だけなんです」
8年を半分の4年で卒業するなんて、想像すらできない。そんな幼馴染みがいたら、確かに自分と比べてしまうのも当然だ。ケン兄とセイジの関係に似ているかもしれない。ケン兄は、努力を惜しまずコツコツやるタイプ。セイジは、天才肌だった。2人は、あの事故が起こるまでライバル関係だったが……。どうか、マリアとダーチャにはこれからも仲良しでいてほしい。
「それにしても、学校はどこなんですか。それらしい建物が見えないんですけど」
「ここら辺の建物は、ちょっと立派な民家に見えるかもしれませんが、全部アドソの建物です。建物の中に、授業をする教室なり、研究所なり、実習室なりがあるんです」
マリアが指さした先には、金属の柵で囲まれた敷地内に二階建ての石造りの屋敷が建っていた。庭には、芝生が植わっていて、小さな噴水があったり、池が掘られていた。周りも見回しても、デザインは一軒一軒異なるが、基本的構造は変わらないようだ。
「さすがに本校舎は、大きく、それなりに立派な学校風の建物ですが、ベイナキュブに比べたら、すこし立派なお屋敷にみえる程度です」
通りの突き当たりに、時計台のついた建物が見えてきた。マリアが誇らしげに両手でその建物を指した。
「あれが本校舎です」
その動作を合図に待っていたかのように、一人の兵士がこちらに向かって駆けてきた。
「フェッド隊長」
「どうした。何事だ」
「魔海龍が現れたとの報告がありました」
「どこに」
「バリースエイト王国沖です」
「被害は?」
「今のところ大きな被害は報告されておりません。至急、バリースエイト王国へ赴くようにとのガンビット総司令の命です」
「警護についてはどうするのだ」
「申し訳ございません。その件につきましては承っておりません」
ダーチャが両手を胸の前で組んで祈るような体勢でフェッドに向き合った。
「フェッド隊長、今はまだナオ様の護衛をしてもらわねば困ります。ウルツット離宮の件もありますし」
伝令を伝えに来た兵士は、ダーチャを見て不満そうな顔をした。どうしたらいいのだろう。フェッドは命令に従う義務があるのだろうが、フェッドの護衛がないのは、ダーチャが言うように心許ない。 マリアが、ダーチャの肩に手を置いた。
「フェッド隊長。魔海龍との因縁は、痛いほど知っておりますが、今はこちらの任務が重要だとおもいますが」
フェッドの顔が、苦いものをかみしめたかのように歪んだ。なぜか、フェッドが苦しんでいる姿を見ると胸が締め付けられる。私にできることならしてあげよう。
「行ってください、フェッド隊長。私たちはフェッド隊長のおかげで無事ティンカールーインに到着することができました。私たちは、もう大丈夫です。ただ無理をせず、また近いうちにお会いしましょう」
フェッドの顔がぱっと明るくなった。こちらの心までも明るく軽くなる。
「ありがとうございます」
伝令に来た兵士が「あちらに馬を用意しております」と指さした。
「すみません、ここで失礼します」
フェッド隊長は、一度頭をさげると、兵士とともに走っていった。ダーチャが腕を取って、言った。
「ナオ様は、フェッド隊長のことをどう思ってらっしゃったのですか」
「こら、ダッチャ」
「いいじゃない、マリー。ここだけの話よ」
「ここだけの話にならないこともあるのよ」
「マリー、でもね、言葉よりも、雄弁にナオ様の顔が語っていたから、聞いてみたくなったの」
「どういうこと?」
「だって、ナオ様の目がキラキラ光って見えたから」
「こら、ダッチャ。そのことは誰にも言っては駄目よ」
マリア。本人を目の前にしてそんな会話をされるほうが余計恥ずかしいから。
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