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第57話 暴走

 ウルツット離宮に到着した次の日の朝から、体が動かなかった。インフルエンザにかかったように、高熱が出ていた。汗が止まらない。


 神聖魔術による治癒は、私には効かない。マリアとダーチャは、代わる代わる氷枕を造ったり、交換したりしてくれた。すこし恥ずかしかったが、汗拭き、着替えなども手伝ってくれて献身的に看病をしてくれた。食事さえ満足に出来ないので、サーバは、森の中で薬草を摘み、熱湯で煮出して薬湯を作ってくれた。液体ならなんとか口に含むことはできた。熱にうなされ朦朧とした意識の中、このまま、熱が下がらなければ命の危機さえあると感じた。折角助かった命なのに、ここで死んではケン兄になんと謝ればいいのか。ドアの開く音がした。フェッドの押し殺した声が聞こえた。


「周りを誰かに囲まれている」


 マリアが言った。


「どうして」


「どうしてかは知らない。ここにいるのは、俺たちと、サーバ侍従長補佐とキアッフレードじいさんだけだ」


「たぶん俺たちにご用なんだろう」


 体がふんわりと宙に浮いた。


「目を開けると、目の前にフェッドの顔があった」


 近くで見ると、ますますケン兄には似ていないことがわかった。日焼けしているが染み一つ無い綺麗な肌だ。


「ナオ様を動かすべきじゃない」


「火でも付けられたら、嫌でも逃げたくなる。ダーチャ」


「はい」


「キアッフレードじいさんは」


「昼過ぎに、近くの街まで食材と薬草を買ってくると言って出ていきました」


「サーバ侍従長補佐は」


「ナオ様の薬を作るために薬草をとりに」


「申し訳ないが、サーバ侍従長補佐とキアッフレードじいさんは、自分達でなんとかやってもらうしかない」


「勘違いじゃない、フェッド。ここは、教皇様の離宮よ」


「そんなことは、主流派にでも聞いてくれ」


 大変な事態に陥っているのに、まるで他人事のようにフェッドたちの会話は感じられた。いつの間にか建物の外に出たようだ。寒さが、体を包んだ。空には夕方の光が見えた。さっきまで暑くて暑くてしょうがなかったのに、汗が冷えてしまい、こんどは寒くてしょうがない。赤ん坊のように体を丸め、寒さに耐える。フェッドは、私を抱き上げたまま森の中を走っているようだ。金色の光に包まれた木々が後ろに流れていく。歯が自然とガクガクとなった。舌を噛まないように気をつける。突然、フェッドは走るのを辞め、私を地面にそっと置いた。背中に木の根があたり、うまく丸まれない。石の角が腰にあたり痛い。


「どうやら逃がしてはくれないらしい」


「マリア、ダーチャ、応援を頼む」


「はい」


「わかった」


「何人ぐらい」


「俺の感では30人ぐらい」


 うっすらと目を開けると、フェッドがシールドブレードを構えていた。


「死なないで」


 フェッドがこちらを見た。聞こえなかったのかもしれない。声を振り絞る。


「死なないで」


「聖女様をこんなところで一人にはしませんよ」


 フェッドが初めて笑顔を見せてくれた。力が欲しい。大切な人たちを救う力が欲しい。


 体に溜まっていた熱が背骨付近に移動するのがわかった。こんな感覚は初めてだ。体の芯が燃えるように熱い。意識が飛びそうだ。


 へその辺りから何かこみ上げてくるものがあった。それは、するっと喉を通り抜け、音となって飛び出した。それは、まるで猛獣が敵を威嚇するような低い音で、尻上がりに音程が高くなった。自分の体内から出てきた音だとは到底思えないと思ったが最後、ぷっつんと意識が飛んだ。



***



 意識を取り戻したとき、まず耳に聞こえてきたのは、小鳥の鳴き声だった。目を開く。天井が見えた。壁紙に染みがついている。どこかの地図のようにも見えるし、憎き人喰いスライムが干上がった痕のようにも見える。体の上に毛布が掛けられていたが、肩口がスースーする。毛布を引き上げようとしたが、文鎮で止められているかのように動かなかった。頭を上げて足元を見ると、マリアとダーチャがベッドに突っ伏して寝ていた。窓辺には、剣を抱えたままフェッドが眼を瞑っていた。どうやら離宮管理棟の部屋に戻ってきたようだ。三人は敵を撃退してくれたのだろう。三人の衣服に飛び散った血痕がついていたが、服の破れはないようだ。よかった。サーバは無事だろうか。おでこに手の平を当ててみる。熱はすっかり下がっていた。眠気もない。腹が鳴った。


 マリアが気配に気づいて体を起こした。マリアと目が合う。


「ナオ様。良かった。良かったです」


「ありがとう、マリア」


 ダーチャも目をこすりながら体を起こした。ダーチャは眠気が抜けていない顔で、微笑んだ。


 三人で抱き合い、無事を確かめ合った。


 フェッドはいつ眼を覚ましたのかわからなかったが、「サーバ侍従長補佐に連絡して、キアッフレードのじじいに食事の準備をさせる」と言って出て行った。


「みんな無事でよかった」


「これもすべてナオ様のおかげです」


「私は何もしてないよ。ただ奇声を発して気を失っただけ」


「いいえ違います。ナオ様のあの声は、偉大な魔術です」


「私が魔術を。まさか、魔術なんて知らないし、ほんとに自分でもおかしいと思うほどの奇声を発しただけ」


「いいえ、それは確かです。あのお声を聞いて、私たち三人の、視力、聴覚、運動能力、魔力、判断、思考、すべての能力が常人の数倍にはねあがったのです。そのおかげで、襲撃者を退け、生き延びることができました」


「そうなの? 全然覚えてない」


「私たちが出した結論は、あの魔術は、これまでだれも再現しようとして出来なかった伝説の聖女様の魔術、グローリーではないかということです」


 伝説とか、言われても、本人に記憶がないのだから、実感なんて湧かないし、今後それを期待されても困る。


「おねがい、今回のことは内緒にしておいて」


「どうしてですか」


「魔術を使ったといっても、自分の意志ではないの。事故なの。たまたま。だから、自分の意志で魔術が使える様になるまで、このことは内緒にしてほしいの」


 ダーチャは、口をとがらした。


「ナオ様、恥ずかしがることはありませんよ」


「ダッチャ。ここは、ナオ様の気持ちを察してあげるべきよ。ナオ様が、隠しておきたいというなら、今は内緒にしておきましょう」


「ありがとう。マリア。ダーチャもお願い」


「わかりました」


「マリア。フェッドにもお願いしておいて」


「わかりました、ナオ様」


「ところで襲ってきた奴らは何者なの」


「わかりません。生きて捕らえることが出来ませんでした。持ち物からも身元に関する情報は得られませんでした」


 ドアがノックされた。ダーチャが返事をすると、サーバとキアッフレードが3人分の食事をのせたワゴンを押して入ってきた。サーバの笑顔を初めてみた気がした。


「ナオ様になんとお詫びすればよろしいのか」


「何者かに襲われたのは、サーバさんのせいではないです」


「明日には、必ず料理人やら警備のものやらがやって来るでしょう。もう少しご辛抱ください」


 ここを出られるのはいつになるだろう。知るべきことが増えた。聖女に関してばかりではない。私たちを襲った奴らの正体も暴く必要がある。もしかしたら、奴らはケン兄を殺した奴らと関係のある人間かもしれないし、派閥争いの結果なのかもしれない。ただ、私の命を必要とする者と、必要としない者がいることはわかった。それが、誰なのか知る必要がある。


 それに、魔術を使ったというなら、魔術に関しても知っておくべきだろう。己の魔術の資質、可能性を知ることは、自分が何者かを知るためにつながる気がする。


 さらに、自分の身は自分で守りたい。今回のようなことが今後再び起こらないとは限らない。アドソに行く目的は、聖女に関する文献調査だったが、できるなら、アドソで魔術の勉強ができないだろうか。魔術が使えたというなら、才能がまったく無いわけではないだろう。考えれば考えるほど、これは魅力的な計画のように思えてきた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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