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第54話 宿場町レミニー

 最初の宿場町レミニーに到着したのは、日暮れ前だった。湖畔の街らしく、名物は魚料理だと宿屋の呼び込みが連呼していた。フェッドは、数件ある宿屋の中から、迷わず踊る子豚亭という店に入っていった。店に入ると店主がやってきて、短く挨拶をすると私たち女性陣に向かって店の説明をした。


「宿屋の一階は、食堂で、二階と別棟が宿泊所になっております。フェッド様ご一行には別棟をご用意しております」


 別棟に向かいながら、ダーチャが小さく耳打ちした。


「いつから私たちは、フェッド様ご一行になったんですかね」


 フェッドは、男なので、別室だが、女性3人は4人部屋に収まった。マリアとダーチャがかいがいしく私の世話を焼こうとするので、すべて断る。休憩を挟みながらも、一日中歩き通しで、足は鉛を埋め込んだように重たかったし、荷物を両手で持っていたので、肩は凝っていたが、自分のことは自分でしたい。


「食事は、各々の部屋でということなので、ナオ様。お酒もいただきましょう。レミニーのお酒と魚の煮物は相性が良いので有名なんですよ」


「大丈夫? ダッチャ。明日も一日中歩きだよ」


「食べて飲まないと明日の活力が出ないよ、マリー」


「私は、遠慮しておく。ダッチャとナオ様が飲みたいなら反対しないけど、フェッドにはばれないようにね」


「ああ、そうね。フェッド様ってホントに軍人の見本みたいだから。よし、私が夕飯の注文をしてくる」


 ダーチャは、そういうと足取り軽く部屋を出ていった。マリアが、荷物を整理しながら独り言を言った。


「ダッチャと一緒にいるとホントに飽きない」


 確かに同感だ。


「ところで、マリア。フェッドさんとは、お知り合い?」


「ええ、何度か同じ作戦についたことがあるのです」


「戦友ということ」


「まあ、そうです」


「マリアが、戦場に出ることもあるのね」


「そうですね。戦場こそ、特級神官の居場所だ、っていわれることもあります。まあ、傷を癒やすのが得意技ですから」


「フェッドさんの、足は、マリアにも治せなかったの? 左足を引きずっているようだけど」


「あの傷は特殊で、実際に私が治療したのですけど、治しきることができなかったのです。でも心配ご無用です。剣の腕には影響はありません。むしろ怪我を負ってからのほうが、ますます腕が上がったと噂されていますから」


 廊下から、怒鳴り合う声が聞こえてきた。マリアとともに急いで廊下に出てみる。フェッドとダーチャがにらみ合っていた。


「どうしたの、ダーチャ。フェッドさん」


「聞いてくださいよ、ナオ様」


「聞く必要などございません、ナオ様。だいたい、おまえは、たるんでいる。この状況が如何におかしなものか、感じないなんて、頭を使ってないと同じことだ。はっきり言って邪魔だ、面倒見切れない。今すぐベイナキュブへ引きかえせ」


「いくら、フェッド様とは言え、それは言い過ぎでしょう。私だって、ナオ様の心労を軽減させるために、どれだけ気をつかっているのか」


 ダーチャが、こちらを見てから自分の口に手を当てた。


「ナオ様、そういう意味ではないのです」


「いいか、ダーチャ。ここにいる三人は、誰かの悪意、それが言い過ぎでも、明らかな意図を持って集められている可能性がある」


 これは聞き捨てならない発言だ。


「ちょっと待ってください。フェッド様。それはどういう意味ですか」


 フェッドも言い過ぎたと思ったのか、みんなから目をそらし、回れ右をして、自分のドアノブに手を置いた。


「待ってください、フェッド様」


「詳しくは、マリア特級神官にお聞きください」


 フェッドは、逃げるようにして自分の部屋に入ってしまった。マリアが「部屋に戻りましょう」と言った。夕食とともにお酒が部屋に運ばれたが、ダーチャもお酒には手を出さなかった。食事の皿が下げ終わったところで、ダーチャがお茶を入れはじめた。マリアは、壁、窓、ドア、床に指で印を書いてまわった。その印は白く輝いて見えた。


「ねえ、マリア。それは何をしているの」


「これは、盗聴よけの印です。初歩の魔術で、専門家が盗聴を仕掛けていたら役に立ちませんが、隣の部屋にはフェッドがいるので、これで十分かと思います」


 あの光が魔術。もしかしたらこれはすごい発見かもしれない。ダーチャが、3人分のお茶をテーブルに置いた。マリアが静かに話し始めた。今は、マリアの話に集中しよう。


「ナオ様に教団内部の事情をお話するのは、初めてだと思います」


「教団幹部の方々とは、お話させてもらいましたが、内部の事情とはなんでしょう」


「我ら神聖教会は、世界最大の宗教団体だと自他ともに認識しております」


「はい、そう聞きました」


「どんな組織でも大きくなるに従って、派閥ができるものです」


 マリアは、反応を確かめるように上目遣いで私を見た。私は、お茶に口をつけた。


「細かく言えば、いろいろな派閥がありますが、大きく分けると二つの派閥に分かれます。一つは、教皇様を中心にする、主流派と呼ばれる派閥。もう一つは、私の父、救世軍司令および神官長であるガンビットを中心にすえる正統派と呼ばれる派閥です」


「その二つのグループは仲が悪い?」


「良くはないですが、表だって争うことは、今のところありません」


「つまり、さっきの喧嘩は、主流派と正統派の対立だった?」


「いいえ、違います」


「ダッチャもフェッドも正統派ですから、派閥争いではありません。フェッドが苛立っている原因は、むしろ逆で、主流派がこの場にいないことだと思います」


「主流派がいないのはマリアとダーチャに遠慮しているのかも」


「そうでしょうか。それなら良いんですが」


 ダーチャが、お茶を一口飲んでから発言した。


「確かに、これまでは、ナオ様の周りにはアルド副侍従長や、サーバ侍従長補佐などの主流派がいたので、バランスがとれていたともいえるのかも。でも、彼らは、本来教皇様の手足になって働くことが本分です。ベイナキュブを簡単に離れることはできないのですから、そんなに深読みする必要はないと思います」


 ダーチャが珍しく強く意見したので、少しマリアも驚いていた。


「それに、聖女様を自分たちの政争の具にするなんて、まったく考えられません」


 マリアが、深いため息をついた。


「それなら、良いのだけど」

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