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第53話 古都へ

 カーテンの隙間から窓の外を覘くと全てが霧で覆われているようで、湖もラフチス灯台も見えなかった。ベイナキュブを別名、霧の街というのもうなずける。きっと街全体が今は深く霧の中に埋没していることだろう。空は薄暗く、夜明けはもう少し先だ。ドアがノックされた。


「どうぞ」


「おはようございます、ナオ様」


 マリアとダーチャが背中にリュックを背負いと片手に荷物を持って現れた。いつもの格好ではなく、マントを羽織り、脇の下には帽子を挟んでいた。


「お待たせしました、ナオ様。出発のお時間になったようです」


 あと一人、護衛の者がついていくと聞いていたが、いないようだ。


「あと一人は、どこに」


「外で待ち合わせしております」


「私も、自分の荷物ぐらい持たせて」


「とんでもありません。ナオ様に荷物を持ってもらうなど。アルド副侍従長に見つかったりしたら、首が飛びます」


「大丈夫。今回は、マリアの旅の随行者として行くわけだから、私が荷物を持たないのは、不自然よ」


 アルドは、今回の旅に同行はしないらしい。昨日の階段での会話は、別の案件で留守にするということだったらしい。アルドと一緒に旅したら、目立ってしょうがないに違いない。


「いいから、いいから」


 2人の手荷物を一つずつ奪い取った。


「これで、バランスがとれた。さあ、行きましょう」


 マリアとダーチャが何か言い出す前に、部屋を飛び出した。旅の予定は、眠れないほど何度も頭の中で反復して覚えていた。アルドによれば、本来なら、聖女という立場上、多くの警備、随伴者を伴う盛大な行列にならざるをえない。その場合、人員の関係で早くとも来年にならなければアドソへ向かうことはできなかったらしい。もう少しなんとかならないかと、ごねたところ、今回の最少人数での隠密旅行が企画されたのだ。よって今回のアドソへの旅については、ごく限られた人にしか伝えられていないらしい。ダーチャがその件に関して不満を漏らした。


「そもそも聖女様がご降臨されたのに、式典一つも行わないというのは、信者に対して示しがつかないじゃないですか」


「私、そういうの苦手だから、教皇様が察してくれたんだと思う」


「そうかもしれませんが、やはり聖女様のことを広く信者の皆さんにお知らせし、盛大に祝っても罰はあたらないと思うんです」


「もう、辞めて、ダーチャ。そんな聖女様って、呼ばれるだけで、恥ずかしくて死にそうなのに、式典とかやられたら、恥ずかしさで死んじゃう」


 マリアもダーチャの意見に賛成だったらしい。


「ナオ様、奥ゆかし過ぎます。教皇様に次いで尊いんですから、もっとわがまま言っていいんですよ」


 奥ゆかしいわけではない。十分わがままだ。その結果、このような旅行が可能になったのだから。


 霧に霞むアルビン門の前に、何者かが一人立っていた。門番ではないようで、背中に大きな長方形の板の様な物を背負っていた。マリアが、小走りで前に出て、声をかけた。


「フェッド、お待たせしました」


 呼びかけられた人物が振り返った。


「ケン兄」


 近づいてくる彼の姿を見てさらに言葉を失った。隣に立っていたダーチャが、「何か」と言った。


「いいえ、何でもありません」


 よく見れば、ケン兄とは全然似てない。ケン兄の面影が重なったのは、なぜだろう。そう思ってフェッドを観察すると、その理由が思い当たった。フェッドも左足をかばって歩いている。フェッドが、片膝をついて頭を下げた。


「救世軍一番隊隊長フェッド、本日より、聖女様の護衛を仰せつかりました」


 マリアとダーチャがこちらを見つめていた。フェッド隊長に何か言葉をかけるように、と無言のプレッシャーを感じた。


「よろしくお願いいたします。ここからは、ナオと呼んでください。それに、私はマリアの随行者です。くれぐれもそのことを忘れないでください」


「は、かしこまりました。では、ナオ様、出立いたしましょう」


 フェッドが先頭を歩く。近くで見るとフェッドが背中に背負っていたのは、大剣だった。鉄板と言っても良いほどの幅広の大剣で、鎖で背中にくくられていた。フェッドの姿は、大剣に隠れてよく見えないはずなのに、どうしてもケン兄の面影が重なって見えてしまう。歩き方がそうさせるのだろうか。それだけは、説明出来そうにない。彼が纏っている雰囲気だろうか。隣を歩くダーチャが声をかけてきた。


「ナオ様、大丈夫ですか」


「ええ、大丈夫です」といいながら、目頭を押さえた。


 朝霧に日の光が反射し、街並みを幻想的な雰囲気で包み込んでいた。フェッドと並んでマリアが歩く。その後ろをダーチャと寄り添いついていく。一同は、おしゃべりもせず、ベイナキュブの南門通用口を出た。フェッドは、ときどき後ろを振り返り、歩く速度を調節してくれた。


「この隊列は、南門の衛兵さん達にはどういう風に見えたかしら」


 ダーチャが、霧でうっすらと湿り気を帯びた前髪をかき上げて言った。


「なんとも思って無いと思います。単純に神官の女3人と護衛の兵士1人が任務についている、と思っていると思います」


「特別なことじゃないのね」


「ううん。そうですね。女3人というのは、特別かもしれません。フェッド様は有名なシールドブレードをお持ちになっているので身元は、ばれていると思いますが、いずれにしてもお気になさらず。ナオ様、気楽に行きましょう」


 ダーチャが微笑んだ。


 アドソ魔術学校は、ティンカールーインという古都にあるらしい。古都ティンカールーインへは、ベイナキュブからベイナイト湖沿いを南に進む。マリアの話では、歩いて片道2泊3日の旅になるとのことだ。アルド副侍従長に馬車での移動を申請したが、目立つと言う理由で却下されたとマリアは憤慨していた。急ぐ旅ではないので、のんびり歩いて行けるのは、これまでの運動不足を解消するのにちょうどいい。


 となりで、ダーチャが、馬車却下のことを思い出したのか、アルド副侍従長に噛みついていた。


「馬車移動が駄目な理由が、目立つからっていうのはどういう理屈なんでしょうか。絶対、私に対する嫌がらせですよ。だって、そうでしょう。護衛についてくださる方が、フェッド様なら、有名なシールドブレードの所有者なんですから否が応でも目立つに決まっていますよ。馬車のほうが絶対に目立ちませんよ」


 たしかにフェッドが背負っている鉄板の様な大剣は、否が応でも目についた。


「フェッド様、そのシールドブレードは、どれくらいの重さなんですか」


 フェッドは、振り向き明らかに嫌そうな顔をして答えた。


「ナオ様、体力を温存するために黙って歩かれたほうがよろしいかと」


 ダーチャが、目をまん丸に見開き、驚きの表情を作ってこっちを見た。マリアが肩が小刻みに震えた。クスクス笑っているようだ。ケン兄なら私にそんな口の利き方は絶対にしない。そう思うと、逆にフェッドに対して親近感がわいてきた。


 ダーチャの肩に軽く体当たりをして、「さあ、隊長の指示に従いましょう」といってウインクをして見せた。


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