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第52話 盗み聞き

 慌てて飛び込んでしまったが、ここは何の部屋だろう。部屋の広さは、6畳より少し大きい程度で、天井の高さは他の部屋と同じだ。窓は、入口とは反対の壁に一つしかなく、カーテンが閉められていた。そのカーテンの隙間から日の光が入り部屋の中は、ぼんやりと明るい。部屋の中央には、天井まである大きな棚が2列あり、入口近くから窓際まで占領している。棚は奥行きがあり、8段の棚板で区切られている。棚に置かれているのは、巻かれた布の生地だ。いろいろな柄や素材の布が、ぎゅうぎゅうに詰め置かれていた。


 部屋が薄暗いので細かい色合いや細かい柄はよくわからない。一番近くにあった布に触ってみる。滑らかな肌触りだ。いつまでも触っていたい気持ちにさせる。本物の絹にこれまで触れた事はないが、きっとこんな手触りなのだろう。


 カーテンを少し開けてもう少し明るくしてみよう。ちょっとだけなら外に誰かがいてもばれはしないだろう。窓際まで移動したところで、いきなり入口のドアが開いた。


 とっさに中腰になって、身を隠す。棚の隙間から様子をうかがう。入ってきたのは侍女二人だ。入口の近くに立ったままおしゃべりをはじめた。そこで立ち話をされては、出て行けない。閉じ込められてしまった。


「あの女、何者なの」


「さあ、教皇の新しい女?」


「それは、ないよ。これまでも、宮殿に連れてきたことはあったけど、裏口からで、ましてや、宮殿に住まわせたことなんてなかった」


「じゃあ、何者なの。アルド様が直々に対応しているから、身分が高いのは間違いないとして」


「お嬢様マリアと太っちょダーチャも、面倒くさい。何様のつもりなの」


「いちいちうるさいって。小姑か」


 二人は人を馬鹿にするときのように笑った。


「小姑と言えば、あの女が住むようになって、サーバの婆が戻ってきて、本当に地獄だよ」


「折角、お役御免で地方に飛ばされたと思ったのに。みんなあの小娘のせいね」


「むかつくから、昨日の夕食のスープに唾を入れてやったわ」


「ああ、私も見えないところで指を入れてやった」


「美味しいって言って飲んでいた」


「ほんと、味なんてわからないってことね。こんど、私もやってみよう」


「教養なんて何もないらしいよ。詩も、文学も、歴史も、絵だってわからないって言っていたわよ。自慢すること。恥ずかしく、私なら言えない」


「ホントね。でも、それじゃ、どこぞの貴族という訳じゃなさそうね」


「まあ、娼婦候補というところかしら」


「今時の娼婦だってもう少し学があるわよ。楽器だって弾けないようだし、歌を歌っているのも見たことないし」


 ドアがノックされ、「誰かいるのですか」と言って、ドアが開いた。さらに体を丸めて息を潜めた。


「あなたたち、またサボっているの」


 サーバ侍従長補佐の声だ。


「あのう。少し、打ち合わせしたいことがありまして」


「そう。どんな打ち合わせなのか、聞かせてもらえるかしら」


「いいえ、もう打ち合わせは終わったので、急いで、次の仕事にかかります」


 駆け足する足音が遠ざかっていく。ドアが閉まった。よかった。これで出られる。それにしても、あんなに侍女たちに嫌われているなんて知らなかった。


 確かに何の取り柄もない女が、何も仕事をせずにのうのうと暮らしていたら、嫌みの一つも言いたくなるかもしれない。しかも、「お願いします」とは言っても、彼女たちからしてみれば、命令以外の何物でもない。だけど、私がそれを選んだわけじゃない。どうしたら良かったのか。どうして欲しいのか。私は、これからどうやって生きていけばいいのか。


 考え事をしながら、歩いていたらしい。気がつくと、自分の部屋の前に戻っていた。ドアを見つめる。このドアの向こうに進むためには、居心地の良さや生活の安全といったものと引き換えに、他人に嫌われてもへこたれない強い気持ち、が必要? どうしてそんなモノが必要なの。自分で望んでこんな生活をしたいわけじぇないのに。ここから逃げる? どうやって。どうやって生きていけば良い? 考えが堂々巡りするばかりだ。部屋の中から、言い争いをしている声が聞こえてきた。


 サーバの予定を聞きに行った侍女が戻ってきて、部屋に私がいないことがばれて誰かに怒られているのかもしれない。申し訳ない。また、侍女に嫌われてしまう。勇気をだして、ドアを開けた。


「すみません」と言って頭を下げた。


「ああ、ナオ様」


 部屋の中にいたのは、マリアとダーチャだった。マリアが、「どこに行かれていたのですか」と言った。


「ちょっと、気分転換に」


「それなら、一言、誰かに言ってください」


「すみません」


 マリアにまで怒られて、涙が出そうになる。


「マリー、そんなことだから、ナオ様は、一人で散歩に出かけられたのでは」


「どういう意味? ダッチャ」


「さっきも言ったけど、ナオ様は、王家でも、貴族出身でもないの。一人になりたいことがあるはず。年がら年中、誰かがお供について回ったら迷惑よ」


「それは、これからは慣れてもらわないといけない。聖女様をお一人にするなんて、絶対に無理だから」


「あなた、相変わらず頭が固いわね」


「あなたみたいに、脳みそが緩くできてないから」


「やめて、二人とも」


 気がつくと、2人を抱きしめていた。


「ありがとう。ありがとう。喧嘩はしないで。二人が私の事を思ってくれている。ありがとう」


「もったいない、お言葉です」


「そうですよ、ナオ様」


「私も頑張るから、これからも二人で私を支えてくれる」


「はい、もちろんです」


「ええ、もちろんですよ。ついてくるなと言われてもついて行きますよ」


「ありがとう」


 さらに力を込めて、2人を抱きしめた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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