第51話 散歩
図書館から帰って三日後の朝、アルド副侍従長がアドソ行きの許可が出たと告げた。
「日程の関係で明日の朝、出立してもらいます」
それだけ言うと、アルドは部屋を出ていった。無愛想にもほどがある。「明日、出ます」と言われてもアドソがどこにあるのかも告げなかったし、どうやって行くのかも教えてくれなかった。
街の外に出ることは予想されるが、どんな準備が必要なのだろうか。いや、待て。そうは言っても私の持っているものなんて、たかがしれている。こちらの世界に来るときに着ていた服と、ボディーバック、ポケットに入っていたスマホぐらいのものだ。
スマホは、とっくに電源が切れていて反応しなかった。服は、綺麗に洗濯され、たたまれ、衣装ダンスの奥にしまわれていた。ボディーバッグの中には、財布、リップクリーム、ハンカチ、ハンドクリーム、コンパクトミラー、ヘアバンド、ピンが入っていたが、それらもボディーバッグごと衣装ダンスの中にしまわれたままだ。これらの物をもって旅に出ようとは思わない。
手ぶらで旅にでることはしないはずだ。タオルやら下着の替えやらを持って行くことになるだろうが、それらを詰めるバッグもない。何か手伝うことがあるなら知りたいし、手伝いたいところだ。マリアやダーチャがいてくれれば、尋ねようもあるが彼女たちと今日は、まだ顔を合わせていない。
二人は大抵、朝食後には、たずねてきてくれるから、このタイミングで来てなければ、今日は来ないのかもしれない。サーバ侍従長補佐も見かけていない。彼女に聞いてもいい。明日に備えて何かしなければ、落ち着かない。
部屋の外に出ると、廊下に侍女が椅子に座って待機していた。
「サーバさんは、いつ頃こられますか」
「はい、担当の者に聞いて参ります。しばらくお部屋でお待ちください」
言われた通り、いったん、部屋に戻る。戻ってから、一つのアイデアが閃いた。ドアの隙間から廊下の様子をうかがう。廊下に誰もいないことを確認して部屋を出た。
意識を取り戻してからずっと、誰かが側に居てくれた。それは、心強いことだったが、同時に一人になれないということでもあり、息苦しさの原因の一つではないかとも感じていた。自由に一人で散歩してみたかった。今、そのチャンスがやってきたのだ。ちょっとだけ、一人で行動してみよう。どうせ、やるべきことも指示も今のところない。ちょっと歩いて戻ってくれば、誰にもばれないはずだ。
思いつきで部屋の外に出てみたはいいが、10歩も進まないうちに、歩みが止まった。どこに行けば良い?
建物の外に出るルートは知っている。しかし、外に出たらすぐに誰かに発見されてしまうだろう。一人で行動してはいけない、とは言われてないが、誰かに何かしら迷惑をかけそうな気がする。
とりあえず、これまで歩いたことのある廊下を使って建物の中をぐるっと一周して戻ってこよう。言い訳は、「気分転換がしたかった」とでもしよう。
みんなが部屋に居ないことに気づいて心配させては、いけない。ちょっと早足で行こう。廊下の曲がり角や部屋から突然、誰かが出てきて鉢合わせするのも、良くないから慎重に角は曲がる。足音を忍ばせて階段を降りる。
階段の踊り場に立つと、下からアルドの声が聞こえてきた。慎重に身を隠しながら下をのぞき込む。
「そんなに、泣かないで」
なんと優しい物言いか。先ほどのぶっきらぼうな物言いとは全然違う。
「でも、アルド。5日も会えないなんて、僕、耐えられないよ」
え? 僕?
服装からして男だとわかる人と抱き合っていた。アルドはこちらに背中を向けている。もう一方の男は、アルドの胸に顔を埋めていて誰だかわからない。見てはいけない場面を見たのかもしれない。慌てて顔を引っ込めた。違う階段を使おう。
階段を引き返したその途端、一段、階段を踏み外して、大きな音を立ててしまった。階段を一段飛ばしで駆け上る。近くのドアを開け、静かにドアを閉めた。びっくりした。なんでこんな時に、階段を踏み外すのか。
耳を澄ます。
アルドは追ってこなかったようだ。そもそも階段の下で抱き合っている、二人がおかしいのだ。私は何も悪くない。逃げ出す必要などなかったのだ。そうだ、そうだ。堂々と出て行っても問題なかったはずだ。いや、やっぱり駄目だ。部屋を抜け出したことを咎められたかもしれない。こそこそ逃げ回るのは、本意じゃないが、やっぱり、これでよかったことにしよう。
アルドの恋人は、「5日も会えないなんて」と言っていた。どうやら片道2泊の旅になりそうだ。
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