第50話 大図書館
ダーチャが、指さした。
「ベイナキュブ七不思議の一つ、ベイナキュブ大聖堂です」
「何が不思議なの」
「何だと思いますか、当ててください」
「お化けが出るとか」
「ナオ様、ここは仮にも光の女神の大神殿、ベイナキュブ大聖堂ですよ。お化けだって恐れをなして逃げ出しますよ」
たしかにそうかもしれない。
「それじゃあ、開かずの扉がある、とか」
「確かにあるかもしれませんけど、それぐらいじゃ、七不思議にはなりませんよ」
「そうかな。立派な不思議だけど。じゃあ、教えて」
「ご自分でお探しください」
ダーチャは不敵な笑みを浮かべた。
大図書館は、大聖堂と同じ区画にある、建物だった。ダーチャの話によると、地下二階、地上3階の建物で、本のためだけにあるような施設で、つまらないとのことだ。
そりゃあ、図書館だからねえ、と思うが、ダーチャの好みを知ってしまえば、飲食できない建物には魅力を感じないことは理解できた。
大図書館内に入ると、応接室のような場所に通された。あらかじめ用意されていたようで、部屋の中には、お茶の道具やお茶菓子が用意されていた。サーバは、さも自分の家の居間にいるかのように自然な動作で、お茶を入れはじめた。サーバの光の触手は見えなくなっていたので、多少リラックスできる。お茶を一口飲んで一息入れた。ドアが開いて、若い女性が入ってきた。
「ようこそおいで下さいました。司書長補佐をしておりますエウリディーチェです」
司書長補佐がどれくらい偉いのかは不明だが、まだ20歳ぐらいにみえる。言葉遣いやたたずまいから自信にあふれているように見えた。きっと優秀なのだろう。サーバが私が座っているソファーの後ろから声をかけた。
「ナオ様、どのような本をご希望でしょうか」
「はい、聖女に関する記述を調べたいのですが」
エウリディーチェは、かしこまりましたと言って部屋を出ていった。サーバが、眼鏡をあげて「非常に好ましい人選です」と言った。「どういうこと」とお菓子に手をだしていたダーチャに小声で尋ねた。
「たぶん、余計なことを聞かないということだと思います」
納得だ。エウリディーチェが持ってきてくれたのは3冊の薄い本だった。紙の黄ばみ具合などをみると、そうとう古そうだ。サーバは、部屋の外で待っていると言って退室し、ダーチャも図書館の周りを警戒すると言って出て行ってしまった。きっと気になる飲食店が、この近くにあるのだろう。エウリディーチェは、部屋の隅に小さな木の椅子を置いて座った。
「エウリディーチェさん、こちらに来て、少し話しをしていただけますか」
エウリディーチェは、小首をかしげて、近づいてきた。
「どんな話でしょうか」
「どうぞ、座ってください」
エウリディーチェは、明らかに困ったッという顔をした。ああ、面倒だ。せっかくこちらが気を遣ってあげても、迷惑がられるなら、いっそ気を遣わない方がお互い楽だ。
「ああ、そのままで結構ですよ。ここは、大図書館とお聞きしましたが、聖女に関する書籍が少ないとおもうのですが」
エウリディーチェは、愛想笑いを浮かべて話しはじめた。
「聖女様に関する記述は、聖女様が伝えた魔術に関する書物か、伝説に関する書物かに分かれます。この大図書館にあるのは、伝説に関する書物で、これで全てです。」
「聖女様の使用した魔術が伝わっているのですか」
「それを発展させたのが、今の神聖魔術だと言われております」
エウリディーチェの顔が、そんなことも知らないのかと言っている風に見えた。この世界の常識なのかもしれないが、どうせ、いつかは掻く恥ならば、今、ついでに恥を掻いてしまおう。
「つまり、神聖魔術の古典ということでしょうか」
「そうですね」
3冊の本を順にパラパラとめくってみる。
「魔術に関する本はどこにあるのでしょうか」
「魔術に関する書物は、アドソの図書館に保管されています」
「アドソとは?」
「神聖魔術を習う学院です」
「助かりました。ありがとう」
エウリディーチェは、頭を下げて、部屋の隅に戻っていった。持ってきてもらった本をノートにメモしながら読むことにした。
聖女の特徴をまとめる。聖女は民衆を助けるため各地で奇跡を起こした。聖女が使うのは、光の魔術で神聖魔術の基となった。聖女タルクィニアが教団を整え初代教皇となった。
ちらっとエウリディーチェを見ると、いつの間にか手元に本を持って、熱心に読書にいそしんでいた。司書のイメージ通り、本の虫なのかもしれない。でも、そのおかげでゆっくりと考えることができる。
聖女が起こした奇跡話の中には、傷を癒やす、心を癒やす話ばかりで、あの光の接着剤のようなものが見えたとか、どうこうしたという記述は一つもなかった。もう一つの疑問は、聖女様はどうやって、光の魔法を使えるようになったのだろうか。何度か読み返してみたが、それに関しては記述がなかった。生まれながらにして光の魔法が使えたのか。それとも、神や精霊に授けてもらったのだろうか。だれか師匠がいたのか。彼女が残した魔術書の中に何かヒントがあるのかもしれない。
「エウリディーチェさん」
エウリディーチェがハッと、顔を本から上げた。
「アドソにある蔵書を読みたいのですが、取り寄せたりできますか」
「あいにく、アドソの蔵書を外部に持ち出すことはできません」
ならば、次にやることは決まった。帰ったらアルド副侍従長に、アドソ行きの申請をしてもらおう。
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