第45話 教皇謁見
「とてもお似合いです、ナオ様」
鏡越しにマリアが微笑んでいる。マリアに微笑みかえす。マリアに頼んでマリアと同じデザインの服を用意してもらい試着してみたが、思った以上に気に入った。軽くて、涼しくて、動きやすい。まわりと同じ服装なので目立たないのも良い。
「今日の予定に、仕立屋の採寸も追加しましょう」
「大丈夫です。これでピッタリです」
「でも、これは古着ですから」
「古着でも良い物です。もし使ってないならこれをください」
目覚めてから二日がたった。驚くほど体力が低下していた。食事をたっぷりとって体を動かし体力を取り戻さなければならない。いつまでもお姫様よろしくベットで寝ているわけにはいかない。
一歩一歩自分の体重を脚で支える感覚を確認して、ベランダに出る。目の前に、湖と灯台が見えた。湖は、世界最大の湖でベイナ湖と言うらしい。そう教えてもらわなければ海にしか見えない。真っ正面に見える灯台はラフチス灯台と言い、世界最大の高さを誇るらしい。高さ1000メートルはあるらしく、少し離れているこの部屋からも、首を上げなければ灯台のてっぺんは見えない。
その他に部屋から見えるのは、眼下に広がる巨大な庭園と、湖へ向かう石畳の道、光の道というらしい、と工事現場だ。庭園の一角を壊し、木材やら石材やらがおかれていた。新しい建物を建築するのだろう、足場だけは組まれていた。
ベランダの手すりに寄りかかり、自分が休んでいる部屋を眺める。清潔感があって、テレビで見たことしかない高級5星ホテルの一室のように広い。静かだし、食事はおいしい。ラフチス灯台以外に、この部屋をのぞき見る場所はないからプライバシーを心配する必要もない。何の不満もないはずなのに、何故か息苦しい。
原因は何か?
ドアがノックされた。マリアがドアを開けた。立っていたのは、昨日の昼食中に挨拶に来てくれた超絶美男子アルド副侍従長だ。あまりの美形に昨日は30秒ほど固まっていただろう。彼を見て、目がハートマークにならない女性はまずいないだろう。
そんなアルドを目の前にしてマリアが、不機嫌そうな顔をしていた。昨日のマリアとアルドのやりとりを思いだした。
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「本日から、聖女様の教育係兼秘書を仰せつかりましたアルドと申します、よろしくお見知りおきください」
「ええ、よろしくお願いします」
「早速ですが、本日午後からの予定を」
マリアが、アルドの言葉を遮った。
「アルド副侍従長、聖女様の体調はまだ本調子ではございません」
アルドがちらっとマリアを見た。アルドに見つめられて正気を保っていられるなんてマリアは、すごいと思った。
「マリア特級神官、あなたの仕事は終わったはずです。お引き取りなさい」
マリアが小さい声で「まっ」と言った。私は慌てて、会話に割り込んだ。仲間になりそうなマリアと引き離されるのは得策ではない。
「これからは、マリアに私の身の回りの世話と、いろいろと教えてもらいたい。女性同士だし」
アルドは、そのとき表情を変えず、「かしこまりました」と言った。果たしてアルドは敵なのか、味方なのか。人間関係、組織の関係はどうなのだろう。まだまだ知識が足りなくて判断できない。
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「聖女様」、マリアが私を呼んでいた。
「ごめんなさい、ぼーっとしてしまって」
アルドは、ドアの前で直利姿勢のまま、立っていた。
「マリア特級神官から、本日午後から、少しづつ予定をいれても大丈夫だと聞いておりますが、よろしいでしょうか」
私は、マリアに目配せをしてからうなずいた。
「それでは、さっそくではありますが教皇様の強いご希望により、教皇および教会関係者との面談を設定させていただきました」
マリアに聞いたところ、この施設の正式名称は、神聖教会ベイナキュブ総本部ワシリー宮殿と言い、本来は教皇しか宿泊できない場所らしい。気は進まないが母屋の主に一宿一飯の恩義は返さない訳にはいかない。
「お願いします。なにか準備は必要ですか」
「何も必要ではありません。さっそくご案内いたします」
アルドが手で部屋の外にでるように指し示した。行ってくるとマリアに親指を立てて合図した。姿勢を正し、深呼吸して、廊下に出た。なんで私が聖女と呼ばれるのかわからない。聖女らしいことなど何もできないが、後戻りなどできない。前に進むしかない。「あなたは聖女ではなかった」とか、「勘違いだったとか」ではすまされない。聖女とは何か、これも私が知らなければならないことの一つだ。その一歩として教皇に会う意味は大きい。
身長の二倍以上もある扉の前には、彩り鮮やかな鳥の羽を身につけ、錦繍で装飾された服を着た男性が二人立っていた。彼らは腰に細身の刀剣を帯び、盾を手にしていた。
アルドがその二人の前に立つと、彼らは、ドアを内側に押し開け、両脇に退いた。中は広間のような空間で、天井は高い。入口から奥に向かって部屋を半分に分割するように赤い絨毯が敷かれていた。その両脇には、聖職者らしき衣服、マリアが着ているものよりも明らかにカネと時間が掛かっていることがわかる、を着ている者達が数十人、列を作って立っていた。彼らは皆、赤い絨毯と平行になるように体を向け、自分の足元を見るようにして頭をさげていた。
アルドは、振り返り、「前へお進みください」といって、赤絨毯の脇に移動し道を空けた。部屋の一番奥に一人の初老の男性が赤い絨毯の上でこちらを向いて笑顔で立っていた。頭に金色の王冠をかぶり、マントを羽織っている。手には、赤や緑や青に輝く大粒の宝石がちりばめられた杖を持っていた。あれがきっと教皇なのだろう。神聖教会最高位の男。つまり最高権力者か。そう思った瞬間、悪寒がした。膝が震えた。足の力が抜けた。へたり込む前に、とりあえず前に進む。目が回る。まっすぐ歩けているだろうか。カーペットの縁をガイドにしながら進む。あの男の前に出て何を言えばいいのだろうか。
教皇の前まで来ると、教皇が赤い絨毯を降りた。頭を下げ、どうぞお座りくださいと、目の前の椅子を指し示した。
装飾品で飾り付けられてはいなかったが、手入れの行き届いた座り心地の良さそうな革張りの椅子だ。ここまで来て「いや結構です」、なんて言えない。私が指示どおり動かなければ、話がすすまないことは雰囲気から明白だ。目をつぶって椅子にごく浅く腰掛ける。お尻がぎりぎり座面にのっかる程度だ。
座った次の瞬間、部屋の中にいる全員が、私の方を向き、腰を90度にかがめ頭を下げた。教皇だけがしばらくして頭を上げた。
「聖女様のこの度のご光臨は、」
教皇の声は、大声ではないが明瞭で、よく通る。
「まさしく光の女神の恩寵。信徒たちに希望を与え、信仰の深化を促すでしょう。聖女様の存在は、私たちにとって奇跡であり、神の摂理の証しです。どうか、私たちの祈りと尊敬を受け入れてください。我らを導いてください。私たちの信仰と教えに基づいて、あなたの使命と導きに真摯に耳を傾けることを誓います。私たちは神の啓示を求め、教会と共にあなた様の存在を礼拝し、守ります。アーリュアン」
教皇に続いて、部屋にいるすべての人が声を合わせて言った。
「アーリュアン」
まったく大変な事になった。
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