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第43話 謀略のクルトゥース

 教皇フーバーが、クルトゥースの開催をうれしそうに告げた。


「こざかしい挨拶は抜きだ。さっそく本題に入ろう。実は、困ったことが起こった。ダムダ君、説明を頼む」


「はい」


 返事をしたのは、唯一見知らぬ軍人風の男だった。


「チェレスタ様と、聖女降臨の現場に着いた時……」


 聖女だって? はじめの一言からして、想像を絶しすぎていて思考が追いつかなかった。が、質問を差し挟む勇気もない。


「聖女様は、倒れておられました。意識を消失していたのです。同行していただいたチェレスタ様の指示にしたがい、治療の出来る施設にお連れしましたが、その後も、目を覚まされることはなく、今日まで3日が過ぎてしまいました」


 前回のクルトゥース開催日時と日数的には符合する。


「だれも治療が出来ないというのは、どういうことだ」


「魔術がはじかれます」


「それは何故」


 チェレスタ枢機卿が、答えた。


「原因は不明です。もしかしたら、それこそが聖女の資質、本質なのかもしれません」


「そんな性質は、どの文献にも記載されていないが」


「ですから、不明なのです」


「ですが、見るからに衰弱しているため、至急、教会の総力を挙げて聖女様をお救いする必要があるのではないかと思います。そこで、問題なのは、総力を挙げて治療を施すということになると、この件が表沙汰になるということです」


 7商のジョキーノが苛立ちを隠さず言った。


「つまり、聖女の存在が明るみになれば、ことを黙っていた我々の立場、我々のうちの誰かが危うくなるということか」


 タムダは冷静に「その可能性が高まります」と答えた。


 貴族院筆頭のイルミナートが「なかったことにしよう」と言いだした。さすがの教皇も、イルミナートを睨んだ。


「どうせ、このことは、我々しか知らないんだ。聖女降臨はなかった。そうすれば、すべては解決するじゃないか」


 教皇は、怒気を含んだ声で、反論した。


「我々の神の使いである聖女様を殺めるということは、どのような事か、ということはご存じのはず」


「わかっているが、儂の提案が一番現実的だろう。正統派とか言って息巻いているガンビットらに弱みを見せずに済む」


 それまで一言も発言しなかったクレート枢機卿が口を開いた。


「もし、そうするなら、聖女は我々にお預けください。素晴らしい研究対象になるでしょう」


 その言葉を聞いて反射的に喉元まで吐き気がこみ上げてきた。なんと神をも恐れぬ不敬な男なのだ。確かに一部の教会関係者の間ではクレート枢機卿に関する黒い噂は話題に上っていた。その噂の中には、ある施設で人体実験をしているのではないかというものも耳にしていた。まさか、その噂は本当で、聖女様までも実験に使う気なのか。


「クレート君、我々は、決してそのようなことはしないし、する必要もない。それに、聖女降臨は、我々にとって有益な道具になりうる」


 ジョキーノが椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。


「それでは、今回の事を表沙汰にせず、かつ我々が聖女を飼い慣らす良い方法があるということですか」


 チェレスタ枢機卿が手を挙げた。


「良い方法があります」


 教皇がテーブルに両肘をついて尋ねた。


「どんな方法かね」


「まずはカネをつかませて犯罪者を集めます。聖女様と犯罪者どもを一カ所に集めておきます。そこに、教皇様とそうですね救世軍でも国防軍でもいいですが、聖女様が降臨されたと言って駆けつけます。もちろん私も同行いたします。そして犯罪者どもを急襲し問答無用で殺します。これで、私たちが発見したときと同じ状況、気を失っている聖女様が降臨されたことになります。そのあとは、教皇様の指示にしたがい、粛々と聖女様の治療を開始すればよろしいかと」


「それは、良い」


「その後の治療は、特級神官のマリアにさせましょう。なんでも治療魔術ならザッカニアで一番と噂されていますから」


 イルミナートがすかさず会話に割り込んだ。


「マリアは、ガンビットの娘だ」


「聖女様の首に縄を付ければよろしいかと」


「どうやって」


「教育係兼、悪い虫が付かないようにお目付役としてふさわしい人材の人選は、カルミネ侍従長にお任せしたらいかがでしょうか」


 これは、はめられたようだ。話がうまく出来すぎている。生け贄なら生け贄らしく振る舞うことにしよう。


「申し訳ございませんが、私めにそのような大役は務まりません」


 実際、教皇のお守りだけでも大変なのに、聖女様のお守りまで押しつけられてはかなわない。


「直接、カルミネ侍従長が面倒を見る必要はありません。適当な副侍従長を指名すれば事足ります」


「つまり、本来教皇の職務補佐、私生活全般を取り仕切る”侍従”という仕組みを使えというわけか。何か異論はないかな」


 教皇は、出席者の顔を一通り確認した。


「では、聖女様が目をさまされると面倒なことになる。さっそく明日にもその計画を実行しよう。犯罪者どもの手配は」


 アニエス枢機卿が手を挙げた。


「私が手配しましょう。心当たりがあります。何人ぐらいがよろしいですかな、チェレスタ枢機卿」


 チェレスタ枢機卿の眉毛が一瞬だけピクリと反応した。


「何人でも。ご用意できるなら好きなだけ。どうせすぐ圧倒的力で押しつぶしてしまうのですから」


「そうか、じゃあ10人ぐらいにするか。場所は、後で連絡をくれ」


 そういうと、アニエス枢機卿は、席を立ち、教皇に挨拶もせずに部屋を出ていった。


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