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第39話 対決

 刻一刻と空の色が明るさを増していく。グラデーションの美しい朝焼けの空に、どうか無事でありますようにと祈りながらハンドルを握る。


 軽バンにターボが付いていないのが悔やまれるほど、ジジェット村への道のりは長く感じられた。ロラさんに計算してもらい、村への最短経路を突き進む。牧草地に出てきたが、牛たちの姿は見えない。

村の入口が見えてきた。ホイットが、助手席の窓を開け、天井に登った。インフォゴーグルゴーグル越しにホイットの声が聞こえてきた。


「村に人気がない」

「一カ所に集められている可能性がある。突っ込むぞ」


 俺は、一ミリもアクセルを緩めず、クラクションを鳴らしながら村に突進した。もしもトリリオンがまだ村に到着していないのならば、村人にとっては早朝からクラクションで起こされる最悪の一日の始まりだ。ごめんなさいだ。


 もしもトリリオンがすでにいるのなら、トリリオンに取って最悪の一日の始まりの合図にしてやろう。


 クラクションに気づいて村長の家から出てきたのは、はげ頭だ。紺の短パンだ。名前は確かパッカー。短剣使いだったはずだ。


「ホイット、あの家に突っ込むぞ」


 ホイットが短く返事をして軽バンの天井を軽く蹴る音がした。ホイットならこのスピードでも無事に軽バンから飛び降りられたのだろう。左右のサイドミラーにもホイットの姿は確認できなかった。


 俺は、パッカーをひき殺す勢いで突っ込んだ。大丈夫、正面から当たればひき殺すことはない。俺の本当の狙いは、ヤツが出てきた建物の中だ。目をつぶって家に突っ込んだ。ドアをすり抜け、家の中に侵入した。インフォゴーグルでホイットに報告する。


「見つけた。村の人が中にいる」


 多くの村人が、手足を縛られて家の中に押し込められていた。ここで停車すると、人質の前で戦闘になる可能性が高い。思い切って家を突き抜けた。何件かの家を同じようにすり抜けスピードを緩めず村長の家に戻る。


 インフォゴーグルから、ホイットが「パッカーは無力化した。他の奴らは生死を問うな」と言ってきた。生唾を飲み込む。「生死を問わず」って。朝練の時のホイットの言葉がよみがえる。


(ケンが殺さなければ、ケンが殺される。これが現実だ)


 左足がジンジンしびれた。俺がしっかりしないと、村人が死ぬ。でも、俺に人殺しなんてできるのか。


 村長の家とは別の建物から、ドーソンとセインが出てきた。ドーソンは、下半身裸で、全裸の女子を盾にしてこちらを睨んでいた。口元がにやついてる。


「最悪だ」


 魔術師のセインの体が、ほのかに赤く光っているように見えた。夜中に襲われた時と同じだ。呪文を唱えはじめたのだ。あのときと違うのは、ヤツが狙っているのは、軽バンではなく人質が押し込まれている村長の家だということだ。火の玉を発射させるわけにはいかない。俺は、セインめがけて突っ込んだ。セインは、横っ跳びで俺の突進をよけた。


 急ブレーキを踏む。タイヤが鳴る。軽バンのABSが作動する。軽バンは、ドーソンたちが出てきた建物に半分ぐらい突っ込んだところで停止した。左のサイドミラーに立ち上がってこちらを見ているセインが映っていた。


 俺は、ギアをバックに入れてアクセルを踏み込んだ。セインが悲鳴を上げた。車体に何かが衝突する音が反響した。左後ろの車輪が何かを踏み越えた。左足が痛い。骨まで痛い。全く最低の気分だ。まさか、俺が愛車で、人を故意に轢くなんて考えもしなかった。


 右手のサイドミラーに、口をパクパクさせているドーソンが見えた。当然だ。軽バンとは言え、100キロ近くの速度で鉄の塊が突っ込んでくるときの迫力は想像に難くない。ドーソンは、すでに人質の少女をつかんでいなかったが、少女もひどくショックを受けていて、その場で硬直していた。軽バンで轢く訳にはいかない。


 俺は、運転席から降りて、ドーソンの前に立った。ドーソンは俺の姿をみて、無理矢理笑顔を作った。醜い。こんな醜い笑いを見たことがない。


「待て、待て、何か勘違いしてないか」


「この期に及んで言い訳か。まったく醜い」


 一瞬、俺の視界に黒い物が横切った。それは、ホイットで、ドーソンに浴びせ蹴りを食らわせた。ドーソンは、さすがに戦い慣れている。不意打ちに見えたホイットの浴びせ蹴りの直撃をよけた。しかし、ホイットの目的は、ドーソンにダメージを与える事ではなかった。ドーソンが体勢を崩したスキに、少女をマネキン人形のように軽々と持ち上げ、距離を取ったのだった。インフォゴーグルゴーグルからホイットが言った。


「後は、お好きに」


 その言葉が言い終わる前に練気言祝が唱え終わっていた。


 間相。相手との距離は、20歩ぐらい。少し技を出すには、離れすぎていた。


 静歩。静かに、しかもスムーズに相手との間合いを詰める。


 前蹴り。ドーソンは腕をクロスして前蹴りを受け止めた。クリーンヒットではないが、体勢は崩した。追い打ちは危険だ。間合いを切る。


 練気言祝。息が苦しい。緊張しているようだ。ドーソンも何か呪文を唱えている。今度は、一気に間合いを詰める。


 掌底、掌底。ドーソンは両腕をクロスさせ掌底を受け止めた。さっきの前蹴りほど手応えがない。両腕の隙間から見えるドーソンの表情にも余裕がある。確かドーソンはタンク(盾役)だった。防御を固めるらしい。ならば。


 双手。両腕ガードの上から、双手がクリーンヒット。


 うぐっ、とドーソンの口からうめき声が漏れ出て、両膝をついた。両腕は、紫色に腫れあがる。間合いを切って、大きく息を吸う。


「ちょっと待て。俺に手を出すということは、教会に刃向かうということだぞ」


 大きく息を吐く。練気言祝。ドーソンは、両手を地面につき、短く呪文を唱えた。


 地面が円筒形にせり上がり土壁が俺をぐるりと取り囲んだ。高さは身長の2倍近い。腕を広げても土壁に触れないぐらいの広さがある。もう少し狭ければ、両手、両足を土壁に押さえつけながら登っていけるのに、それも出来ない。


 前蹴り。前蹴り。クリーンヒットしたが、土壁に拳程度の穴が空いた程度だ。


 寸勁。不発だ。


 ホイットが土壁の上で腹ばいになって手を差し出した。


「手を握って」


 つま先立ちになりジャンプして必死で手を伸ばすが、届かない。目の前に、先ほど前蹴りで作ったへこみがあった。助走をつけて、へこみに足先を引っかけ、ジャンプする。必死で手を伸ばす。ホイットの手が俺の手をつかんでくれた。同時に、俺の体をものすごい力で引き上げた。


 一瞬空が見え、それから奇跡的に両足で着地した。体重の何倍もの衝撃を受け足がしびれて動けない。目の前には、下半身裸のドーソンが拳を振り上げ立っていた。


 練気言祝が間に合わない。両腕で頭をガードする。頭を狙うと見せかけて腹に、強烈な一発をもらう。


 卑怯。


 地面に両手をつき胃液を吐いた。ドーソンが逃げていく。逃げられる。腹を抱え片膝をついて起き上がる。


 ホイットが、ドーソンの行く手に立ち塞がった。ドーソンがこちらを振り向いた。ホイットと与するより、俺の方が簡単だと判断したようだ。人質にしようと思ったのかもしれない。こっちに向かってきた。ホイットが叫んだ。


「ケン」


 練気言祝。口の中が胃液で苦い。ドーソンがジャブを繰り出した。間相のおかげで、当たらないことが瞬時にわかる。引いた拳に合わせて懐に入り、腹に手の平を当て、一気に力を伝える。寸勁。


 ドーソンの体がくの字に曲がり、後ろへ転がり飛んだ。クリーンヒット。


 ドーソンの口から、血の混じった泡が出ている。手足がピクピクと痙攣している。ホイットがドーソンを見下ろし「とどめを刺して」と言った。俺は首を振って、断った。俺には無理だ。


 腹を手で押さえ前屈みになって軽バンに向かう。胃がキリキリ、ズキズキと痛む。万能薬を飲んでやっと痛みから解放された。


 ホイットを見るとあきれ顔で、どこからか取り出したかわからなかったが、紐で手際よく縛り上げた。


 俺は、軽バンをバックさせて轢いたセインを車体の下から引きずり出した。内臓破裂しているかもしれないが、息はまだある。こいつらは、人を殺そうとした犯罪者で、ホイットが言うように殺しても問題ないのだろう。できれば、殺される前に殺すべきなんだろう。頭ではそれを理解できるが、感情的には生きていてくれてほっとしていた。結局、俺には人殺しは無理だということだ。

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