第38話 アレッシアの依頼
アレッシアの体から、とても生臭い臭いがした。不気味な血の紋様が原因だろうから、まずは洗い流そうという話になった。
アレッシアを一時的にメンバーに加え、ワンルームをレンタルした。ホイットに体についた血を洗剤とお湯で洗い落としてもらった。生臭い匂いは取れたがアレッシアは目を覚ます気配はなかった。
アレッシアの体に何が起こっているのか分からないので真夜中だったが、治療の専門家に診てもらうためグランツルに至急戻ることにした。
ワンルームのベッドの上に横になったまま軽バンを移動できれば良かったのだが、ワンルーム使用中は、軽バンの移動は禁止だとロラが言う。アレッシアには申し訳ないが、毛布とシーツにくるまったまま、荷室の固い床の上で我慢してもらう。
「奴らは、どこに逃げたのだろうか」
「さあ」
ホイットの返事が心なしか不機嫌そうだ。
「たぶん、奴らは私のことを知っていたんだと思う。一度狙った獲物は逃さない。悔しいが、今回もそのジンクス通りになった」
ホイットは、相手の策略にまんまと乗ったのが気に入らないようだが俺は、そんなことよりも、アレッシアを無事救出できたことがうれしい。次に大切なのは、そのことを司祭に知られずにおくことだ。
俺はグランツル郊外の森の中に軽バンを駐めた。ホイットは、銀翼と連絡するためグランツルのホテルに向かった。しばらくして月明かりだけを頼りに、息を切らして銀翼が全員やってきた。ホイットが最後に戻ってきた。
「さすが、銀翼だ。後を付けられている気配はない」とホイットが褒めると、射手のアッジーが「もちろん、そんな間抜けはしない」と返した。
アレッシアの姿を誰にも見られたくないのでホイットとアッジーには、周辺の警戒をお願いした。
俺はアレッシアを車外に出し、近くの草むらに横たえた。フランが取り出した石が、ほのかに光りを発し、アレッシアの顔を照らした。ヨハンが心配顔でのぞき込む。
「どいて、ヨハン。邪魔。そんなに妹の裸が見たいの」
ヨハンは、言い訳の言葉を口ごもりながらディリアに場所をゆずり、軽バンの反対側に回った。ディリアは、呪文を唱えながらアレッシアの体全体をまんべんなく何度も手の平でかざした。アレッシアの全身が青白く光った。夜は深々と更けていく。ヨハンは、アレッシアとディリアを遠巻きに落ち着きなくうろつき回っていた。
いつの間にか木々の隙間から見えていた月が見えなくなり、輝く星の数が減っていた。東の空に眼を向けると、空が少しずつ明るさを増していた。森の中で鳥が鳴き、羽ばたいた。
アレッシアは、何の前触れもなく目を開けた。ディリアが、「これで大丈夫だろう」と言った。とたんヨハンが駆け寄り、アレッシアに抱きついた。
「ああ、良かった。本当に良かった」
「お兄ちゃん、痛い。ここは、どこ」
「グランツル近くの森の中だ」
ホイットが、兄妹の会話に割り込んで尋ねた。
「灰狐に関して何か覚えていることはない?」
「灰狐?」
「何も覚えてない?」
アレッシアは、眉間にしわが寄るようにして目を閉じた。
「覚えているのは、昼間、女性が教会の裏で倒れていたので、どうしたのかと近寄って、それから」
「何かされた?」
「突然、手を捕まれて。余りに突然だったので、振りほどいたんです。そしたら、手にべったりと血が付いていて。悲鳴を上げようとしたのですが、声にならなくて。後は、夢を見ているようで、現実なのか何なのかわからないのですが、気がつくと司祭様の宝石やら、金貨を手にしていて。そしたら外に出ていて、ナイフを持っていて、ああ、私は」
アレッシアが、俺を見た。アレッシアの両手が震え、瞳から涙がこぼれ落ちた。
「アレッシアが正気じゃないのはわかっていた。そんなに気に病むことはないよ。俺は全然気にしてないから」
「ケンさん、すみません。私、なんてことを」
アレッシアは両手で自分の口を塞ぎ嗚咽を漏らした。ホイットは腕組みをしながら、アレッシアを見下ろして言った。
「アレッシアの手に付いた血がアレッシアの正気を失わせ、アレッシアを操っていたのかもしれない」
アレッシアが涙をぬぐった。
「私、思い出しました。村が大変なんです」
「大丈夫だ、アレッシア。ジジェット村なら、しばらく誰も手を出さない」
「お兄ちゃん、駄目なの。あのならず者たちが、村を襲う」
俺は、思わず「もしかしてトリリオンか」と言った。
「そうです」
「どうして」
「私聞いてしまったんです。司祭様とトリリオンが話しているところを」
「何て」
「トリリオンに村人を全員殺すようにと」
ヨハンの顔は、まさに鬼の形相に変わっていた。
「何だ、それは。いつの話だ」
「その話を聞いて、急いで村に知らせにいかないと思って、教会の裏から抜け出そうとして、女性が倒れていて、手を握って。ああ。」
まずい、そうすると二日ほどトリリオンに時間を与えてしまったことになる。確か、ジジェット村には荷馬車で二日ほどの距離だったはず。最悪の場合、今まさに村はトリリオンたちに襲撃されていもおかしくない。
「お願い、村を助けて」
ヨハンの顔に苦渋の表情が浮かんだ。
「間に合わない」
これは、とんでもないただ働きか。それとも感謝ポイントを獲得する絶好のチャンスなのか。ホイットは、俺を見て苦笑いを浮かべていた。
「どうぞ、どうせ答えは決まっているんでしょう」
「行こう。俺たちならまだ、間に合うかも」
「頼む。村を救ってくれ」
「できるだけのことはしてみる。アレッシアの保護を頼む。司祭の悪事の生き証人だからな」
「すまない」
フランが、いきなり俺の両手をつかみまっすぐ俺を見て「期待しています。頑張って」と言った。
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