第37話 誘拐
ギルドの建物を出ると、俺たちと入れ替わりで、若者が血相を変えて建物に入っていった。何かしらの事件か、と思ったが、いちいち反応してられない。俺たちはいい加減本職に戻る時期だ。俺たちは、街の外に向かった。
「待って、待って、ケンさん、ホイットさん」
遠くで誰かが呼んでいた。ホイットが立ち止まったので、俺も振り返る。コンソラータが駆けてきた。息を切らしてコンソラータが言った。
「申し訳ありません。至急、お戻りいただけますか」
ホイットが、「どうしたんだ」と言った。
「ここでは、無理です。どうか、お願いします」
コンソラータが、深々と頭を下げた。俺たちは、10分も経たないうちに再びウーゴの前に立った。
ウーゴが、「どうぞお座りください」と着席を求めた。ウーゴは、この10分足らずの間で、少し老け込んでしまったように見えた。
「立ったままで結構です。これから旅に出るので。用件は短く頼みます」
言外に、もう関わりたくないと匂わす。ウーゴは、眉を潜めた。
「実は、困ったことになりました」
そうなのだろう。だが、俺はしばらくギルドの仕事を受けるつもりはなかった。グランツル付近の地図はおおよそ完成していたから、より北に起点を移す必要があったのだ。コンソラータが神妙な顔つきで話し始めた。
「教会のアレッシアさんが昨夜から行方不明になっています」
「どうして」
「詳しいことは、調査中ですが、フィロン司祭が、アレッシアが宝石などを盗んで逃げだしたと言いふらしているようなのです」
「そんな事をするわけがない」
コンソラータも苛立ちを隠そうともせず言い放った。
「ええ、私たちもわかっています。ですから、行方不明と言っているのです」
「いつかの泥棒、たしか灰狐と言ったか、あいつらが絡んでいるのかも」
「そうかもしれません。もしそうなら、アレッシアさんの命は無事の可能性もあります」
「どうして」
「灰狐は、命は取らないというのが通説です」
「それじゃあ、問題ないだろう。じきに解放されるんじゃないか」
「それでは、トリリオンの二の舞です。アレッシアさんが教会に保護されたとしたら、最悪、濡れ衣を着せられて司祭によって拷問を受けるかもしれません」
「まさか。いや、でも、ありうるか」
「そのために、できれば私たちで先にアレッシアさんを保護したい。もしも司祭の財産が盗まれているのが本当なら、それも取り返し、アレッシアさんの不利にならないようにしないと」
ホイットが、腕組みをして尋ねた。
「これは、仕事の依頼か」
コンソラータは、目をつむりそうですと言った。
「報酬は、誰からでる」
「報酬は、でません」
「私たち、バルサもなめられたものだな。いつからコンソラータは、私たちを使いっ走りで使うようになったのだ」
「決してそんなことは」
「話にならない。行こう、ケン」
それまで黙っていたウーゴが口を開いた。
「そうか、残念だ。バルサならこんな依頼も受けてくれると淡い期待を抱いていたんだが」
「どうして、アレッシアに肩入れする」
「ここだけの話にしてほしいんだが、いいかな」
「もちろん」
「私は、あの司祭が嫌いだ。大っ嫌いだ。あの司祭が嫌がることなら多少無理筋でもやりたい」
ウーゴが俺の顔を見てニヤリと笑った。トリリオンの件に対する意趣返しのつもりなのだろう。先ほど渡した革袋から、20枚ほどの金貨を取り出し机の上に置いた。
「これで、どうだろうか」
俺は、「やろう」と言って微笑み返した。ホイットは、「はあ」とため息をついた。
翌々日、まだ日の出前に人目につかぬようにグランツルの北へと向かった。
「ここから北に小さいが漁村がある。そこにいるはずだ」
「どうしてアレッシアがそこにいることがわかったんだ」
「血の臭いだ。司祭たちにみつからないように現場を見てみた。ほんの少しだけ血の臭いがした。それを追ったんだ」
それだけいうと、ホイットは腕を組んで目をつむってしまった。今の話が本当なら、犬並み、いやそれ以上の嗅覚じゃないか。身体強化の魔法以外にも、感覚強化の魔法がつかえるのかもしれない。
俺たちは、夕日が沈むのを待って、漁村に近づいた。寂れた村だった。5軒ほどの家が身を寄せ合って立っているだけだ。
入り江に繋がれている船は3隻だ。すでにこの村もあとにしているという可能性が頭をよぎった。まだ月は上っていない。残光をたよりにホイットが先頭を歩く。目的の家は一番港に近い家だ。そこだけ、家の中に明かりがついていない。さっと、ホイットが片手を上げた。指差した先の平たい石に、血で書かれた印があった。
「教会で嗅いだ血の臭いと同じ。きっとトラップだ。それを踏んだら、何かが起こるだろう」
「何が?」
「そこまでは知らない。踏んでみる?」
「いや、やめとくよ」
尚も前に進もうとするホイットの肩に手をかけた。
「ちょっと、待って。心の準備が、」
瞬間、俺の体は宙に浮き、印のついた石の上に落ちた。ホイットの体術で、投げられたことは理解できたが、とっさのことで受け身も取れず、息ができない。
「ごめん。つい反応して」
一番奥の家のドアが開く音がした。ホイットが目の前から消えた。俺は、立ち上がり様子を窺う。出てきたのは、アレッシア一人だけだ。顔と手に赤黒い血で紋様が塗られていた。手にはナイフが握られていた。
「アレッシアさん」と呼びかけた。アレッシアは、返事もせず、ナイフを振り上げ、襲いかかってきた。練気言祝は一瞬で唱え終わったが、アレッシアに拳を向ける訳にはいかない。
間相。
刃をよけながら受け、受け。間合いを切る。アレッシアの後ろにホイットが現れ、首筋に手刀を入れた。アレッシアが、前のめりに倒れた。俺は、慌ててアレッシアを抱きかかえた。アレッシアの顔色は真っ青だった。
ホイットは、すばやく家の中をのぞき込む。
「いない」
「誰も?」
「これは、陽動作戦だったのかもしれない」
つまり、相手は俺たちが追ってくることを想定し、アレッシアを囮につかったということか。灰狐に逃げられたのは悔しいが、アレッシアさんを無事に保護できたことは喜ぼう。
****。
ここまでで新しく覚えた技。
掌握(浮雲の後追撃)。
投げ技の一つ。
浮雲で相手の体勢を崩したところを追撃する。
技が決まれば、相手からの追撃はない。
遠当て。
絞め技の一つ。
気を飛ばし、気絶させる。
技の出は比較的遅い。
スキが大きい。
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