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第21話 トリリオン

 外にでると、すっかり日が落ちていた。かなりの時間、俺は気を失っていたということだ。長いような、短いような不思議な一日だった。俺は、空を見上げコンソラータの話を思い返した。


「はい、手続きは、これで完了です。あの、差出ましいことですが、もしよろしかったら、今日は裏口から出られてはどうかと思います」


「どうして?」


「トリリオンに目をつけられているからです」


「でも、同じギルドのメンバーなのに?」


「トリリオンの方々が仕事をしてくれているおかげでこんな田舎でも平和が保たれていることは確かなのですけど、あまり人望はないんです。ちょっと気が荒いといいますか。荒くれ者達、と陰口をたたくものもいます。ですから、もしかしたら、因縁をつけられると何かと面倒かと思いますが」


 ホイットが、腕組みをしながら、コンソラータに言った。


「たしか、このまえ、リーダーのドーソンがランクアップしていたようだな」


「はい、ドーソンさんが、タンク(盾役)ランクでゴールドに昇進して、トリリオンのチーム自体のランクも、もちろんホイットさんの実力にはお呼びませんが、シルバーに昇格したんです」


「ランクが高いということ、だね」


「はい、今日お渡しした書類に書いてありますが、ランクは上からプラチナ、ゴールド、シルバー、カッパー、ブロンズです。ホイットさんは、もちろんプラチナ。ケンさんは、ブロンズからのスタートになります。チームのランクは、この場合、ブロンズから始まることが決まっております」


 ホイットが俺に手を差し出した。


「問題ない」


 俺も、ホイットの手を握りかえした。温かい。


「ああ、問題ない」


「わああ」


 コンソラータがまた、騒ぎ出した。


「大事件ですよ。大事件」


「こんどは、どうした」


「ホイットさんが、他人と触れ合うところを初めて見ました。私だって握手をお願いしたら、断られたのに」


 ホイットが、俺を見て冷たい目で見ていた。


「何、にやけている」


 俺は、手を引っ込め、顔を引き締めて、「いや」と言った。俺とホイットはコンソラータの意見に従い、裏口から出ることにした。


 ホイットの荷物は、リュックサック一つで、とても女性の荷物とは思えないほどの身軽さだった。裏通りに、人通りはない。この時間まで開いている店は、酒場や宿屋だけだ。その裏口の前を通っただけでおいしそうな匂いが漂ってきて、俺の食欲を刺激してきた。


 正直、今すぐにでも何か食べたい。だが、厄介なヤツに目をつけられていてはゆっくり食事をしているようではないだろう。街を出て、軽バンに乗れば、少し食べ飽きてはいたが、食事は出来る。少なくとも今日のところは、おとなしくしていたほうがいいだろう。


 俺は、インフォゴーグル越しにホイットをメンバーに申請し、歩きながら軽バンの仕組みを説明した。ホイットは目を丸くして驚いている。


「あの魔道具の中で暮らせるのか」


 驚いた顔は、かわいい。裏道伝いに街の境を出た。ほっとする間もなくホイットが、俺の前にすっと出た。

「隠れているのはわかっている。出てこい」


 顔を布で覆い、武装した暴漢たちが10人ほど現れた。明らかに素性を隠して襲いますという手合いだ。手には、杖や、ナイフなどの武器を持っていて、しかも、やる気満々だ。


「冒険者ギルドのメンバー同士の争いは、一応禁止されているのは知っているのだろうな」


 ホイットの問いかけに答える者はいなかった。俺は、ポケットに手をいれ鍵を出した。


「ホイット、逃げよう」


 俺は、軽バンの鍵を開けた。軽バンが目の前に現れた。暴漢たちからどよめきがあがった。俺はすぐさま運転席に乗り込み、助手席の窓を開けた。


「ホイット、飛び乗れ」


 ホイットは、素早く、なめらかな身のこなしで、助手席の窓から軽バンに飛び乗った。まったく大した運動神経だ。エンジンをかけ、ギアをドライブに入れた。ライトをハイビームに変え、アクセルを踏みこんだ。


 暴漢の一人が目の間に飛び出してきたが、アクセルは緩めない。暴漢がフロントガラスにぶつかると思った瞬間、車の脇にすり抜け後方に移動していた。


 走っている限り、前方から軽バンを攻撃することはできない。木々や大岩だって気にせず進めることは確認済みだ。ただし、直進しているときに、横や後ろからの攻撃がどうなるかは不明だ。ホイットが天井に飛び乗って来たことから、少なくとも上からの攻撃には無防備だ。


 正面に杖を持った暴漢が待ち構えていた。暴漢は、杖を構え、赤い光に全身が包まれていた。


「何だ、あれは?」


「よけろ、ケン。バン・フィアボル《特大火球》だ」


 全身を包む赤い光が消えたとたん杖の前に、人の胴体ほどもある火の玉が現れた。まるで小さな太陽だ。それまで、一言も発しなかったロラが、「おら、突っ込め」と叫んだ。その声を聞いたホイットが、助手席で身を固くした。俺は、目をつむりアクセルを踏み込んだ。エンジンが唸りを上げた。一瞬の間があり、軽バンのはるか後方で、爆発が起こった。


 やった、火の玉もすり抜けた。


 俺は、ライトを消して暗闇の中をナビの画面だけを頼りに走る。ホイットが、拍手した。


「すごい。感動した」


 でも、こうやって、いつまでも逃げていられるだろうか。

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