第12話 敵襲
武者震いがおさまると俺は、両手でシャツの襟元をただした。
と、突然、その襟をぐいっと何者かに引かれ、尻もちをついた。首筋に何かがぐっと押し付けられる。冷たい。それは、あの薄氷の冷たさを思い起こさせた。
「動くな。これは脅しじゃない。変な真似をしたら、殺す」
女性の声だ。誰だ?
意識とは反対に体はとても素直に反応した。我慢するというレベルは、一気に通り過ぎてしまったようで、おしっこが自然と漏れ出てしまった。
女が静かに言った。
「お前は何者だ、ここで何をやっている」
「地図を作っています」
腕をとられ、あっという間にうつ伏せで地面に押しつけられた。
「いいいい、痛い痛い痛い」
「肩の関節を外した」
「う、嘘じゃない」
「あの白い乗り物は何だ」
「け、軽バン」
「ケイバン。魔道具か?」
「バンタイプの軽自動車」
右足の太ももに鋭い痛みが走った。
「お前の太ももにナイフを刺した。このナイフには毒が塗ってある。解毒剤がほしければ、私の質問にちゃんと答えろ。さもないと、死ぬぞ」
「ちゃんと答えた。軽バンは軽バン以外に説明できない」
ああ、こんなことならロラの言うことを聞いて、ケチらず防御を固めておけばよかった。怖くて、情けなくて涙も鼻水も漏れて出てくる。ポイントをケチって、毒が回って死ぬのか。いや、ケチってない。そもそも女神のポイント設定がおかしかったのだ。
「もう一度質問する、お前は何者で、あれは何だ」
もうどう答えたらいいのかわからない。こうなれば、やけだ。
「どう答えても、お前には理解できない」
「なんだと」
怖い。でももう、後には引けない。
「あの車に実際、乗ってみれば、お前に理解できないことがわかる」
きっとこの世界には車はない。あるとすれば、こんな質問はしてこないはずだからだ。俺は、背中の服をぐいっと掴まれて、無理やり立たせられた。とんでもない腕力の女だ。こんなヤツに俺が敵うわけない。
「おかしな真似をしたら殺すぞ」
殺すならさっさと殺せ。これは、心の中で思っただけで流石に声にならなかった。俺は、運転席のドアの前に移動した。
車のことを説明をはじめた。声が震えているが、止めようがなかった。
「こっちのペダル、アクセル、車、前に進む。後ろにも進む。こっちのペダル、ブレーキ。止まるにも使う」
俺は、刺された太ももを指で触った。血がべったりと指についた。慌てて自分のズボンで血を拭うが、なかなか拭いきれない。頭から血の気がひいていく。まさか、本当に出血多量で死ぬかもしれない。
「これぐらい、良いだろう、治療、させてくれ」
「万能治療薬があっぺ、一本、1MPだ」
ロラが答えた。不意に声がして、女は俺から距離をとった。ナイフが僕の首から離れた。
「誰だ、どこにいる?」
しめた!
俺は、運転席に乗り込んだ。一瞬遅れて、女は俺を運転席から引っ張り出そうと手を伸ばしたが、見えない壁に阻まれた。グラスジャッカルと同じだ。
運転席に座ってしまうと、不思議と冷静に襲った女の姿を確認できた。長身の美人だ。マントを羽織っているがグラマーな体型を隠すためではないようだ。手には、俺の血がうっすらついたナイフが握られていた。俺は、ナイフから目をそむけ、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
軽バンは、急加速した。ドアは、急加速したため勝手にしまった。ああ、エンジンを切らず、ガソリンはケチらずに良かった。サイドミラーを確認したが、後ろから追ってくる様子は見えなかった。
バックミラーが使えないのが本当に不便だ。女の姿が見えなくなってから軽バンを30キロぐらいで走らせた。マラソン選手でもついて来れない速度だろう。
「ロラさん、肩の関節の治し方、知ってますか」
返事がない。ロラの忠告を無視したことを怒っているのかもしれない。俺は、適当に肩をなぶりながら、肩の関節を無理やり入れた。冷や汗が、額から流れ落ちた。
「ロラさん、万能薬ください」
「言ったべ。この世界で、バカ野郎が最弱だって。まったく、アホは、どこまで行ってもアホじゃ」
ぐうのねも出ない。ダッシュボードが勝手に開いた。栄養ドリンクのような茶色のボトルに入っていた。それを一気に飲みほす。
外された肩関節の痛みも、刺された太ももの痛みも、あっという間に取れた。刺された太ももにさわると、もうかさぶたに変わっていた。しかし、おもらしした跡はどうしようもない。
大損だ。
それからだまって、ロラの悪たれ口に耳を澄ました。だんだんロラの口調にも慣れてきたのか、たとえお説教でもロラの声を聞いていると、安心した。一時間は草原をまっすぐ走った。もし、軽バンのあとを追ってきたとしても、普通の人間なら1日以上かかるはずだ。
いつのまにか、夕日が地平線のむこうに沈み込もうとしていた。俺は、車を止めて、ワンルームに戻ることにした。今日は、ここまでだ。連鎖効果を得るためには、あの場所に戻らないといけないわけだが、女はまだ近くにいるだろうか。果たしてあの女は何者なのか。今夜は考えることがありすぎる。
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