ストーカー
翌日から、マヤによるあがり症の治療が始まった。その内容はリラックス効果のある香油を手の甲に塗り、これまたリラックス効果のある気功をつくというもの。
「本で読んだ遠い異国の医学よ!試せる日が来るなんて…!」
聞いた時はビックリした。これらはつまり前世で言うところのアロマテラピーとツボ押しで。初めてツボ押しされた時は、あまりの痛さに飛び上がった。
「マヤ、力が強すぎるわ。これではきっと逆効果よ」
「ごめーん、初めてやるから加減が分からないのよ、イタ気持ちいいってどのくらい?」
「いっ!!」
……今や私はすっかりドSマヤ様の実験体だ。
こうして1週間、香油を塗り気功をつきながら毎日朝の入り待ちに参加している。教室からひっそりと見るだけだし、フェリクス様と目が合ったのは初日だけだった。それでも遠目からでも推しを拝んで1日が始まるなんて、控えめに言って最高かっ!!
「はぁ〜、今日も素敵だったなぁ」
「それ、本人に言ってみてよ」
「えっ…」
放課後、人気の無くなった廊下を進みながらその日の治療の効果を確認する。
実はこの1週間で驚くほど震えが治ってきている。無理な部分はまだ多いけれど、それでもフェリクス様のことを考えただけで震えていたのが嘘のよう。香油と気功、すごい効果だわ。前世の記憶を思い出したのも大きいとは思うけど。
「まぁ、いつかは言えると良いわねってことで。それより、この1週間でここまで前進できたのは素晴らしい結果よ!シーナが大丈夫なら、次の段階にいってもいいと思うんだけど?」
「是非お願いします、師匠!」
卒業までにフェリクス様と学友として話せるくらいになりたいし思い出もたくさん作りたい、というこの想いは変わらない。その為に1日でも早く治す必要があるし、治療を進めてくれるというのなら乗るしかない。
「ところで、次の段階って?」
「ふふふ、それはずばり…」
「随分と楽しそうな話をしているね、僕も混ぜてくれないかい?」
突然背後から会話に入ってきた声にビクッと肩を震わせる。声の主はカミル様で(何故彼が話しかけてくるの!?)と、頭の中はプチパニックだ。マヤも驚いたようで、だけど次の瞬間には余所行きの笑顔を貼り付けた。この切り替えの速さ、流石だわ。
「この教科書、シーナ嬢のでしょ?はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
受け取ろうと手を伸ばし掴むも放してくれない。(あ、あれ?おかしいな)軽く引っ張ってみるもやっぱり放してはくれなくて(何?嫌がらせ?)と思い真意を探るべく視線を移すと、爽やかな笑顔のカミル様と目が合った。
「裏庭の草の陰に落ちていたんだ」
「そう、でしたか」
「フェリクスは知ってるの?」
「はい?」
(うわぁ、胡散臭いこの顔、ゲームの中と変わらないのね)
誰も寄り付かない鬱蒼とした裏庭に教科書が落ちている理由なんて、まぁ、簡単に想像がつくでしょう。
……教科書を隠されるくらい可愛いもんよ。
カミル様は常に笑顔でいて何を感じ何を考えているか分からない。正直、怖い。敵に回したくないタイプ。ただ、ヒロインの前でだけは素直な好青年である。
っていう設定をゲームで知っていなければ、爽やかで良い人そうなこの笑顔に危うく騙されてしまうところだ。
「もしかして、言ってないの?フェリクスは頼りにならない?」
「いえ、そんなことは…」
「そうだ、僕なら力になれるかもしれない。フェリクスに伝えるでも、問題解決のために動くでも、好きな方を選んでくれれば。大丈夫、僕は君の味方だよ」
「あの…」
カミル様が何を言いたいのか分からず困惑してしまう。腹芸は苦手だ。奥歯に物が挟まったような物言いの貴族言葉も嫌い。前世の言葉で思ったまま言えればどんなにスッキリするか。
…そんなことしないけど。
チラと隣を見れば、黙ってニコニコ聞いているマヤのこめかみがピクピク動いていて(あっこれはヤバい!)という事に気が付いた。とりあえず最速でこの場を去らなくては!
「カミル様、申し訳ありま「そういえば、先週もココで楽しい話をしていたね?」
えっ、何?話途中でめっちゃ被せてきたけど!?先週?先週は…マヤにあがり症の話をして、ってまさか!?
カミル様は相変わらず爽やかな笑顔を浮かべていて(私には胡散臭い、悪魔の微笑みに見えるのだが…)ドクドクと心拍数が上がり背中に嫌な汗が流れる。これは脅し?目的は何?
「カミル様、これ以上は家の者が心配します故ご・め・ん・あ・そ・ば・せ!!」
そう言って美しく丁寧な礼をして歩き出すマヤは、ついに我慢の限界が来たらしい。(最後の方は感情が漏れてたけど、大丈夫かしら…?)とりあえず私もマヤに倣い礼をしてその場を離れた。
リアルの都合で間が空いてしまいました。
時間はかかっても完結まで書き切るつもりですので、どうぞ宜しくお願いします。