フェリクスside 2
放課後、生徒会室の窓から外をぼんやりと眺める。
学園再開が待ち遠しいなんて未だかつてなかった。その理由がシーナに会えるからだなんて、単純過ぎて笑える。それくらい手紙のやり取りは楽しかったし、好意すら感じ……と言うのは烏滸がましいが少なくとも嫌われてはいない、と、思う、思いたい……。
(きっと何か事情があるのだろう。それにしても今朝は驚いたな……)
シーナが教室の入り口からこっちを見ていたことも、目が合ったことも。驚きすぎて咄嗟に目を逸らしてしまった。
目に入った松葉杖姿は痛々しく、浮かれていた自分を殴ってやりたくなった。
(学園生活は大丈夫だろうか? 不便なことはないだろうか?)
「ね〜フェリクス、婚約者と何かあった?」
トイレから戻ったカミルが小声で問いかけてきてドキッとした。婚約破棄の件かと思ったが、シーナ以外にはまだ話していないし、彼女が侯爵家にとって不利な話を誰かに話しているとも思えない。
「どういう意味だ?」
「トイレから出ようとしたら、廊下でシーナ嬢と友人が話してるのが聞こえてさ〜。出て行くタイミングが無くて、結局全部聞いちゃったよ〜、悪いことしちゃったなぁ」
「それで?」
「薬師になりたいから、友人に弟子入りさせて欲しいって頼んでた〜」
「薬師?」
「うん、その友人っていうのがセフチノ王国の子でさ。怪我が治ったら留学したいとまで言ってたよ〜。だから、あれ? フェリクスは許可したの? って思ったんだ〜」
セフチノ王国。
幼少期から家庭で医学を学び、国民の殆どが高い医学知識を有する国。医療と薬学がどこよりも進んでいて、かの国にしかない技術や薬、そこでしか育たない薬草もある。王家にのみ使用が許される秘薬や秘技まであるとか。
昔、その医学知識目当てにセフチノ国民を誘拐し危害を加えた国があった。スパイを送り込む国もあれば、戦争を吹っ掛けた国もあった。そういう国は医学や薬の供給、医者の派遣など一切断たれ、流行り病に滅んだという歴史がある。
その流行り病は突然その国だけに発生したらしいが……。
(シーナはもう、婚約破棄後の人生を考え動き出しているというのか)
婚約破棄をあまりにあっさりと受け入れている様子に、少しばかりショックを受けた。いや、相当凹む。持ちかけたのは自分だというのに。
「他には、何か言っていたか?」
「う〜ん? あー、そう言えばシーナ嬢が〝何があっても一生フェリクス様のファンでい続けるわ!〟ってさ〜。ファンどころか婚約者なのにね? 可笑しな事を言うな〜って思った」
一生ファン? ファンと言うことは、やはり嫌われてはいないんだな!
「カミル、頼みがあるんだ」
何年経っても縮まらなかった心の距離が、数回の文通でグッと縮まった気がしたんだ。シーナの事をもっと知りたい、そう思うんだ。
「へ〜、楽しそう! うん、いーよ! その代わり……」
「はっ? おま……!? ぐっ、仕方ないな」
ニコニコ顔のカミルとは反対に、どんどん気が重くなる俺。頼んだのは自分とは言え、最悪な交換条件だなとため息をついた。