第93話 新たな不安
翌朝―
「それじゃ、今日セシルに僕達の間に子供が出来たことを伝えるよ」
フィリップの身支度を整えてあげていると声を掛けられた。
「それなら私は両親に電話を入れるわ」
「そう言えばエルザの家にも電話があったよね」
「ええ、私の実家は商家だから電話を引いてあるのよ。はい、ネクタイ結べたわ」
フィリップの身体を軽くポンと叩いた。
ネクタイを結び終えるとフィリップが笑みを浮かべて、キスしてきた。
「ありがとう、エルザ。それじゃ、又後でね」
「ええ。行ってらっしゃい。余り無理しないで、具合が悪くなったらすぐに休んでね？」
「勿論分かってるよ」
そしてフィリップは手を振ると部屋を出ていった。
私達はまだ一緒に食事をすることが出来ないので、朝はここでお見送りをすることになっているのだ。
「さて…今日も赤ちゃんの産着を縫いましょう」
テーブルの上にはバスケットが乗せられている。この中には縫いかけの産着が入っている。
早速バスケットの中から産着を出すと、椅子に座って縫い物を始めた―。
＊＊＊＊
午前9時―
「エルザ様、今朝はいつもよりも朝食を多めに食べることが出来ましたね」
テーブルの上に置かれた食器を片付けながらクララが声を掛けてきた。
私の妊娠が分かってからは、クララが専属メイドのようになっていた。
「ええ、そうなの。少しずつ悪阻が治まってきているみたい。早く何でも食べられるようになりたいわ。そうすればフィリップと一緒に又食事をすことが出来るもの」
産着を縫いながら返事をした。
「本当にエルザ様とフィリップ様は仲がよろしいですね」
「ええ、そうね。私はフィリップにとても愛されているわ。…だから今、とても幸せよ」
…尤もその幸せも…限られてはあるけれども…。
「エルザ様…」
クララの目が赤くなっている。
「ど、どうしたの？クララ」
何故だろう？私は何かクララを悲しませるようなことを言ってしまっただろうか？」
「あ…す、すみません。エルザ様。た、ただ…エルザ様はとても穏やかで優しい方なので…ずっとこの屋敷にいてくださればと思ったんです…」
「え…？」
その言葉に何故かズキリと胸が痛んだ。
「あ、な、何でもありません。それでは私、食器を片付けてきますね」
クララは片付けた食器をワゴンに乗せると、急ぎ足で部屋を出ていった。
パタン…
扉が閉じられ、私は部屋に1人きりになった。
「ずっと、この屋敷に…私は…」
ポツリと呟いた。
そうだ…。
私は肝心なことに気付いた。フィリップはもう長く生きることは出来ない。
子供を産んで…フィリップが亡くなった後、私はどうなるのだろう？
アンバー家の妻として、ずっとこの屋敷にいられるのか…。
それともフィリップが亡くなった後は実家に戻されてしまうのか？
その時、産まれてきた子供はどうなってしまうのか…？
「私は…一体どうなってしまうの…？」
とてもではないが、フィリップには相談出来なかった
貴方が死んでしまった後、私はどうすればいいのかなどと…。
もし…もし、このことを相談する相手がいるとすれば…。
「そうだわ…。フィリップは今日、セシルに私が妊娠したことを伝えると言っていたわ。もし、相談するなら…セシルにすればいいかも…」
そうだ、セシルならフィリップの亡き後の私の身の振り方を相談する相手としては尤も適しているかも知れない。
いずれ、近い内にセシルに相談してみよう。
けれどその前に…。
「そろそろ実家に電話を掛けに行こうかしら」
立ち上がると、電話を掛けに行く為に部屋を出た―。
