第56話 フィリップとチャールズさん
コンコン
不意に扉がノックされる音が聞こえた。
『エルザ様、こちらにフィリップ様がいらしておりませんか?』
それはチャールズさんの声だった。
「あ…」
どうしよう…フィリップからは人を呼ばないようにと言われていたのに…。
すると苦しげな声でフィリップが私に言った。
「大丈夫だ…チャールズは…事情を知って…いるから…」
「それじゃ、中へ入れてもいいのね?」
「…」
フィリップは黙って頷く。そこで私はドアに向かって声を掛けた。
「ええ、どうぞ中へ入って」
「失礼致します」
カチャリと扉が開かれ、チャールズさんが姿を表した。その手には何故か吸い飲みを持っている。そして、テーブルに伏しているフィリップを見ると顔色を変えた。
「フィ、フィリップ様っ!」
慌てて駆け寄ってくると、チャールズさんはフィリップに声を掛けた。
「フィリップ様、こんなこともあろうかと痛み止めをお持ちしております。すぐにお飲み下さい」
「す、すまない…」
青ざめた顔で振り絞るように声を出すフィリップ。
チャールズさんはポケットから小さく折りたたまれた紙包を取り出すと、慎重に開く。すると中には粉薬が入っていた。
「口をお開け下さい」
「…」
チャールズさんの言葉に黙って口を開けるフィリップ。チャールズさんはフィリップの口に中に粉薬を入れるとすぐに吸い飲みを口にあてがった。
「…ん…。はぁ…はぁ…」
フィリップは水を飲み込むと荒い息を吐いた。
「…」
一体、目の前で何が行われていたのだろう?チャールズさんの行動は妙に手慣れていた。…ひょっとすると今のような出来事は日常茶飯事的に行われていたのだろうか?
「フィリップ様…」
チャールズさんは心配そうにテーブルに伏して胸を押さえているフィリップにそっと声をかける。
「大丈夫…。薬も飲んだし…少し休めば…」
肩で息をしながらフィリップは返事をする。けれど、とても大丈夫そうには見えなかった。
「…ねぇ、フィリップ。具合が良くなるまで、私のベッドで横になっていって」
「え…だ、だけど…」
するとチャールズさんが口を挟んできた。
「ええ、エルザ様の言う通りです。フィリップ様、どうかエルザ様の言う通りこちらのベッドで休まれて下さい」
「…分かった…ごめん…エルザ…」
フィリップは苦しげに私を見る。
「いいのよ、謝らないで?それではチャールズさん。フィリップをベッドに運びたいので…手伝って頂ける?」
「ええ、勿論でございます」
私は急いでベッドへ行き、すぐに横になれるように整えるとフィリップの元へ戻った。
「左右からフィリップを支えてベッドまで運びましょう?」
チャールズさんに提案する。
「はい、かしこまりました」
そして私とチャールズさんでフィリップを支えると、ベッドまで向かった。
フィリップ…。
フィリップを支えて歩きながら、私は彼を見た。
彼は目を閉じ、青ざめた顔で痛みに耐えているように思えた。
ベッドに辿りつくと、チャールズさんはフィリップを寝かせてキルトを掛けた。
「フィリップ、具合が良くなるまでここで休んでいって?」
フィリップの枕元で声を掛けた。
「ご…めん…。エルザ…。な、何も…僕に…き、聞かないんだね…?」
荒い息を履きながらフィリップが私に言う。
「今は具合が悪いでしょう?元気になったら…教えてくれる?」
本当は今すぐにでも何もかも事情を話して貰いたい。けれど…こんなにも具合の悪そうなフィリップに聞けるはずは無かった。それどころか、彼の苦しげな姿を見ていると、泣けてしまいそうになる。
「…分かった…後で…話す…よ…今は…休ませてもらうね…」
フィリップは目を閉じ…そのまま眠ってしまった―。