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第55話 貴方のことが好きだから

「何故そんな優しい目でフィリップを見るかって?決まっているじゃない。私は貴方のことが好きだからよ」


「!」


フィリップの肩がピクリと跳ねる。


「…僕は君を沢山…しかもわざと傷つけた。それでも僕を好きだって?…本当に気が知れないよ。前にも言っただろう?君の愛なんかいらないって」


悲しげな顔でフィリップは私を見る。

…嘘だ、フィリップは…私に嘘をついている。その証拠に…。


「だったら…何故?何故貴方の書斎の引き出しに…私が刺繍したハンカチが入っていたの?それに私が買った3冊の本…もう既に持っていたのでしょう?それでも受け取ってくれたのよね?」


「な、何故その事を…っ!」


初めてフィリップが感情を顕にした。


「そのことについては…謝るわ。ごめんなさい、フィリップ。実はセシルに領地経営の仕事を教えてもらう為に貴方の書斎に入ったの。そこで万年筆のインクが切れてしまって、インクを探すために引き出しを開けた時…見てしまったの。私の刺繍したハンカチが…しまわれているのを。本棚もそうよ。たまたま同じタイトルの小説が並んでいるのを見つけてしまって…」


「…」


フィリップは私の話を呆然と聞いていた。


「…ごめんなさい。…怒っているでしょうね…?私のこと…」


私は改めてフィリップに頭を下げた。


「…怒る?僕が…君の事を…?そんなこと…出来るはずがないじゃないか。僕には…君を怒るような資格は一切無いのに…?むしろエルザ。怒るべきは君の方だよ」


「フィリップ…」


「エルザ…。僕はね…初めから君と結婚するべきじゃ無かったんだよ。僕には君を妻にする資格は…ゼロに等しいのだからね…。こんな、僕なんか…」


フィリップは苦しげに言う…いや、本当に苦しそうにだった。


「う…」


フィリップは突然胸を押さえると、テーブルに突っ伏した。


「フィリップ?!どうしたのっ?!」


突然フィリップの様子がおかしくなり、私はどうすればよいのか分からなかった。


「フィリップッ!お願いっ!しっかりしてっ!そ、そうだわっ!誰か人を…!」


テーブルの上には使用人を呼ぶ為のベルが置いてある。私はベルに手を伸ばした、その時―。


「だ、駄目だ…エルザ…」


突然フィリップが私の伸ばした手を掴んできた。


「フィリップ…?」


「駄目だ…今…ここにセシルがいる…。大丈夫…少し休めば平気だ…から…人を呼ぶのだけは…」


フィリップは脂汗を額に浮かべながら、苦しそうに訴えてくる。


「フィリップ…」


この様子はただ事ではない。けれど…フィリップは苦しみながらも人を呼ぶことを拒絶している。セシルがいるから…?


「分かったわ…貴方がそう望むなら…でも、その代わり…貴方の側にいさせて…?」


私はテーブルに突っ伏しているフィリップの側に寄ると、背中をそっとさすりながら、拳を握りしめている彼の手に、自分の手を重ねた。


「エルザ…」


フィリップは苦しげな顔を私に向けると…少しだけ口元に笑みを浮かべた。


「…不思議だな…。エルザにこうして…もらっていると…少し身体が…楽になってくる…」


そしてフィリップは私の目を見てポツリと言った。


「エルザ…。もう…少しだけ…こうしてもらえるかな…」


「もちろんよ、フィリップ」


「…ありがとう…」


そしてフィリップは目を閉じた―。


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