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第40話 混乱する私

 19時―


仕事から帰宅した父と母、そして私の夕食が始まった。

燭台のろうそくの明かりは揺らめき、私達家族をオレンジ色の優しい光が包んでくれている。


そして円卓のテーブルの上に並べられているのは私の好きな料理ばかり。スフレオムレツやローズマリーの香りたっぷりのお魚のソテー。エンドウ豆のスープにホットサンド…。


私に対する家族の気遣いが感じられて、思わず胸が熱くなる。


「まさか、こんなに早く一家団欒が戻ってくるとは思わなかったな」


父が嬉しそうにワインを口にしながら私たちに語りかけてきた。父には悪気はないのだろうけれど、その言葉が私の胸にチクリと刺さる。

普通、世間一般的に考えてみれば女性は一度嫁ぐと余程の事でもない限りは実家に戻ることが殆ど無いからだ。


「…」


思わず父の言葉に俯く私を見た母が父を咎めた。


「あなた、今の発言は何ですか?少しはエルザの気持ちも考えないと…」


すると父が慌てたようにワイングラスを置いた。


「す、すまなかったエルザ。私は何もそんなつもりで…ただエルザと一緒に食事が出来るのが嬉しくてつい…でもお前に対する配慮が欠けていたな。すまなかった」


父が申し訳なさげに頭を下げてきた。


「いいえ、お父様。どうか気にしないで?私もこの家で過ごせて嬉しいから」


笑みを浮かべて両親を交互に見ると、母が思いつめた表情で尋ねてきた。


「ねぇ…エルザ。本当に大丈夫なの?」


「え?何が?」


「何って…結婚して1週間も経たないうちに、どうしてそんなに痩せてしまったの?顔色も良くないし…」


母がテーブルに置いた私の左手にそっと触れてきた。


「大丈夫よ、慣れない生活でちょっと胃の具合が少し悪くなってしまっただけだから」


「何か、辛い目に遭っていないか?先方のご両親に…何か小言を言われたりとかはしていないか?」


父はフィリップの両親の事を気にかけている。


「ええ、大丈夫よ。何も問題は無いから」


私は嘘をついた。


恐らく…本当は私の預かり知らぬ所で、本当はとっくに問題は発生しているのかもしれない。ただ、フィリップが私に全てを隠しているだけなのではないだろうか?

けれど、これ以上両親を心配させるわけにはいかなかった。

ただでさえ、我が家は姉の駆け落ち問題で危うい立場に置かれている。

その上、私がフィリップから離婚届を預けられている話を知ろうものなら、両親はどれだけ悩み、悲しみ…嘆くことだろう


…私がしっかりしなければ…。


「エルザ。…フィリップ様は良くしてくれているのかい?」


父がフォークとナイフで魚の骨を取り除きながら尋ねてきた。


「ええ。とても良くしてくれるわ。私の為にね、ラベンダーの部屋を用意してくれたの」


「ラベンダーの部屋?…ああ、あれだな」


父が何かを思い出したように顔を上げた。


「4カ月程前だったかな?丁度フィリップ様とエルザの結婚が決まった翌日、請負先の家具職人にラベンダー模様の家具をフィリップ様自身がオーダーされたのだよ」


「え?」


私は耳を疑った。まさかフィリップが…?私に離婚届を預けておいて?


すると母が父を咎めた。


「あなた、何を仰ってるの?フィリップ様からエルザには口止めしておくように言われていたでしょう?」


「あっ!そ、そうだったっ!つい、ワインのせいでうっかり…頼む、エルザ。今の話…どうかフィリップ様には内緒にしておいてもらえないか?」


父が頭を下げてきた。


「はい、勿論です。内緒と言うお話であれば、黙っています。ですが何故私に内緒だなんて…」


「ああ、それはね。エルザに知られると照れくさくて恥ずかしいからだと話しておられたよ。本当にあの方は愛情深い方だね。その時の様子からエルザを大切に思ってくれていると感じたよ」


「え、ええ…」


ニコニコと話す父を前に、私の頭は混乱していた―。



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