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第36話 実家に到着

 午前11時―


「それじゃ、エルザ。両親に宜しくね」


エントランスまで見送りに来てくれたセシルが私に声を掛けてきた。私を馬車に乗せて送ってくれるのは御者のジェイコブだった。


「ええ、…フィリップは…来てはくれなかったのね…」


「あ、ああ。そうなんだ。領民から農地についての相談事があって、今面談中なんだ」


「そう…。お仕事なら仕方ないわよね…」


「エルザ様、そろそろ行きましょうか?」


ジェイコブが馬車の扉を開けながら声を掛けてきた。


「え、ええ。そうね…」


するとセシルが手を差し伸べてきた。


「ほら、手を貸すよ」


「ありがとう」


セシルの手を借りて馬車に乗り込むと、カバンも乗せてくれた。


「エルザ、ちゃんと静養して…元気になって戻って来いよ」


セシルが笑顔で私に言う。


「ええ…」


でも、本当に私はここへ戻ってきてもいいのだろうか…。


「エルザ?どうしたんだ?」


「い、いえ。何でも無いわ。それじゃ…私行くわね」


「ああ。気をつけてな」


そして馬車はガラガラと音を立てて走り出し…セシルはいつまでも手を振って私を見送ってくれた―。



****


 フィリップの屋敷から私の屋敷までは馬車で約2時間程の距離にある。子供の頃はお互いの屋敷をしょっちゅう行き来していたのに、アンバー家に嫁いだ私に取っては実家に戻るのは随分敷居が高くなってしまった気がする。


「嫁いで1週間も経たない内に実家に里帰りするなんて…両親はどう思うかしら…」


馬車に揺られていると、眠気が襲って来た。

そうね…屋敷に着くまでの間…少し寝ることにしましょう…。

そして、私は目を閉じた―。



****


「…ルザ、エルザ」


誰かが私の名前を呼んでいる…。


「う…ん…」


目をこすり、ゆっくり瞼を開けるとそこには母が私を覗き込んでいる姿があった。


「あ…お母様…」


「お帰りなさい、エルザ」


母はニッコリと微笑み、私を見た。


「…ただいま、お母様…」


「馬車が到着しても貴女が目を覚まさなかったから、御者の方が屋敷に伝えに来たのよ」


「え…?そうだったの…?」


馬車の外にはジェイコブさんが立っていた。


「ごめんなさい、ジェイコブさん。迷惑を掛けてしまって」


ジェイコブさんの手を借りて馬車を降りながら私は彼に謝罪した。


「いえ、とても良くお休みになっておられましたので…起こすのはどうしようかと思ったのですが…」


「いえ、そんな事ないわ。だってこれから貴方はまたアンバー家に戻らなければいけないのだから」


「エルザ様…お気遣い、ありがとうございます」


「少し、上がってお茶でも飲んでいかれますか?」


母がジェイコブさんに声を掛けた。


「いえ、すぐに戻ります。どうぞお気になさらずに」


ジェイコブさんは頭を下げるとすぐに馬車に乗り込み、私に声を掛けてきた。


「それではエルザ様。午後2時にお迎えに上がれるように参りますので」


「ええ、ありがとう。…フィリップに宜しく伝えてくれる?」


「はい、かしこまりました」


そしてジェイコブさんは手綱を握りしめると、走り去っていった。




「…エルザ、家に入りましょう?」


母が私の荷物を持つと言った。


「はい。あ、荷物なら自分で持つわ」


すると母が眉をしかめた。


「何を言っているの?エルザ。貴女、自分で顔色が悪いことに気付いていないの?しかも…一体どうしたというの?こんな短期間で…随分痩せてしまったみたいじゃないの?」


「…それは…ちょっと、胃の具合が悪かったから…」


「まぁ…胃の具合が…?兎に角、すぐに家の中に入りましょう。話は部屋の中でじっくり聞くから」


母は私の肩を抱くと言った。


「はい…」


私は返事をしたけれども…心の中で思った。


父と母には心配をかけさせてしまうから、フィリップから離婚届を預けられていることは言えない…と―。





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