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第30話 新しい部屋

 翌朝6時半―


朝の支度をしていると、部屋の扉がノックされた。


コンコン


『エルザ様?お目覚めでしょうか?』


「ええ、起きているわ。どうぞ入って?」


「失礼致します」


カチャリと扉が開かれ、クララが室内に入ってきた。


「あ、やはり朝のお支度…終わらせてしまわれたのですね?」


「え、ええ。昨夜ハーブティーを飲んだら眠くなってしまって早目に寝たものだから…いつもより早く目が覚めてしまったのよ」


「そうだったのですか…」


「今日は昨日シャロン先生の診察を受けたから大分お腹の調子がいいの。だから今朝はダイニングルームへ行くわ」


するとクララが少し、困った表情を浮かべた。


「あの、それが…フィリップ様ですが、今朝は本館で食事をされることになったのです」


「え…そうなの…?」


もしかして、昨日の件での話なのだろうか?私が結婚後一度も挨拶にいっていないから…。


「実は、旦那さまと奥様が本日から1週間程遠方の領地に行かれるので、その間フィリップ様に代理で行ってもらいたい業務があるということで打ち合わせを兼ねた食事会なのです」


クララが説明してくれた。


「ありがとう、教えてくれて。でも…私に話しても大丈夫だったの?」


どうもフィリップは私に自分の行動を知られたくない素振りを見せているので、今の話を聞いても良かったのか心配になってしまった。


「え?ええ、いいんです。これくらいのお話なら…あ!」


そこでまたクララは自分が失言してしまったのかと思って口を抑えた。


「フフフフ…大丈夫、今のは聞かなかった事にしておくから」


「は、はい!ありがとうございますっ!」


クララは頭を下げると言った。


「それではお食事をお持ちしますね。お待ち下さい」


「ええ、ありがとう」


そしてクララはすぐに部屋を出て行った―。



****


「え?部屋を…移って欲しい…ですって?」


午前10時―


今朝も時間を掛けて朝食を食べ終え、部屋で刺繍をしていると執事のチャールズさんが現れて、突然の部屋移動を告げられた。


「あ、あの…移るって…何処へ…?」


ひょとして…この離れから追い出されるのだろうか…?


「はい。このお部屋は…もうお気づきになられているでしょうが、ローズ様のお部屋になる予定でした。ローズ様はバラの花が大好きな方でしたから」


「え、ええ…そうね」


ズキリと痛む胸を抑えつつ、返事をする。


「ですが…エルザ様はバラのアレルギーをお持ちですよね?」


「え?な、何故それを…あ、フィリップに手渡された釣書に書かれていたのですよね?」


「え?釣書…?え、ええ。そうですね。実は…少々込み入った事情がありまして、本来のエルザ様のお部屋を御用意出来なかったのです」


「そう…なのですか?」


込み入った事情…。知りたいけれど、私はきっと踏み入ってはいけないのだろう。


「実はこの隣の部屋は空き部屋でして、そちらのお部屋をエルザ様のお部屋にする為に準備をしております。本日中か、明日には御用意出来ると思いますので、お部屋を移動する準備を行っておいて頂けますか?後ほどクララを手伝いによこしますので」


「え、ええ。分かったわ…。でもお手伝いは大丈夫よ。クララも忙しいでしょうから、私一人で準備位出来るから」


するとチャールズさんは目を見開いて私を見た。


「エルザ様…。お心遣い感謝致します。では私供も、早急に準備致します。それでは失礼致します」


チャールズさんは一礼すると部屋を去っていった。


「さて、それじゃ準備をしようかしら。丁度暇だったから…暇つぶしには良いかもね

でも今の台詞をセシルに聞かれたら、また文句を言われるかもしれないわ…」


思わず苦笑すると、私は部屋移動の準備を始めた―。





****


17時―


 廊下やお隣の部屋ではドタバタと大きな音が長い時間続いていた。


「何だか大変そうね…。私は別にこの部屋でも良かったのに…悪いことをしてしまった気がするわ…」


刺繍をしながらため息を着いたその時―。


コンコン


扉のノック音が聞こえた。


『エルザ様、お部屋の支度が出来ました。今…宜しいでしょうか?』


チャールズさんの声が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


するとすぐに扉が開かれ、チャールズさんが部屋の中に入ってきた。


「エルザ様、ただいまお部屋の準備が整いました。お隣に御用意させていただきましたので、いらして頂けますか?」


「え、ええ…。」


そして私はチャールズさんに連れられて部屋を出た。


「どうぞ、こちらのお部屋になります」


言いながらチャールズさんは扉を開けた。


カチャリ…


扉が開かれ、目の前に私の…新しく用意された部屋が現れた。


「まぁ…」


その部屋は…私の大好きなラベンダー模様の部屋だった。

 

「お気に召されましたか?」


「え、ええ…とても、気にいったわ…」


私の胸に熱い物がこみ上げてきた。


何故?フィリップ…。


私に離婚届を預けておいて、2年以内に離婚してくれと言っておきながら…こんな事をされたら、私は期待してしまう。


フィリップに愛を求めてしまいそうになる。


「エルザ様?どうされましたか?」


チャールズさんが心配そうに声を掛けてきた。


「あ…ご、ごめん…なさい。あまりにも嬉しくて…感動して、涙が…は、恥ずかしいわ」


ゴシゴシと目をこすりながら私はチャールズさんに言った。


「フィリップに…ありがとうって伝えてきてくれる?」


「…はい、分かりました」


チャールズさんは私の意図を汲み取ってくれたのか、頭を下げると部屋を出て行った。


パタン…


扉が閉じられると、堪えていた涙が両目から溢れてきた。


「う…うぅぅっ…ううう…」


フィリップ…貴方の心が分からない。


こんな事をされたら貴方の愛を欲してしまう…。


私は声を殺していつまでもいつまでも泣き続けた―。




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