第198話 別れの夜
その夜――
ルークを寝かせつけた後、入浴を終えた私はいつもの日課である育児日誌をつけていた。
日誌につける内容は大体決まっていた。
今日は何回授乳したか、おむつを換えたか、お昼寝の時間は……。
それらをメモ書きにしたものを丁寧に清書していく。
いつかルークが大きくなった時に、2人で一緒に読むことが出来るように。
コツンコツン
突然、窓に何か当たる音が聞こえた。
「え?」
顔を上げて窓の方を見ると、再びコツンコツンと音が聞こえる。
「何かしら……?」
窓に近寄り、カーテンを開けた。
すると月明かりでぼんやり照らされた庭の木々からセシルが現れたのだ。
「セシル……!」
驚いて声を上げそうになった時、セシルが素早く口持ちに人差し指を立てて静かにするように身振りで伝えてきた。
そこで私が口を閉ざすと、セシルがバルコニー越しに近付いてきた。
「こんばんは、久しぶりだな。エルザ」
セシルはボストンバッグを手にしている。
まさか……?
「セシル……ひょっとして、今夜出国するの?」
「え?知っていたのか?」
するとセシルが驚いた様子で目を見開いた。
「知っていると言うか……今日お母様から聞かされたのよ。貴方が『カリス』の国へ事業を広げる為に行くって。でも今週中だと聞いていたけど」
「そうだったのか。実は予定を早めることにしたんだ。『カリス』には俺の友人がいてね、その友人の屋敷で世話になりながら事業を広げようかと思っているんだ。落ち着いたら住むところも探すつもりだ」
「……ということは、当分この国へは戻らないということね?」
「そうなるな。…数年先か、もっと先か…それとも戻らないかもしれない」
「え?」
あまりの突然の話に驚いた。
「そう……。寂しくなるわね」
それは本当の気持ちだった。
「エルザ……」
「手紙、待ってるわ。落ち着いたらくれる?私も返事を書くから」
「そ、そうか……?」
セシルが一瞬驚いた様子で目を見開く。
「エルザ……。もし、俺が『カリス』へ行って、事業を成功させて今よりももっと会社を大きくさせたら……」
「……」
私はセシルの言葉を一語一句聞き漏らさないように、黙って話を聞いている。
「その時は……互いに思う相手がいなかったら……迎えに来てもいいか?」
「え……?」
迎えって……?
すると、セシルは慌て様子で手を振った。
「あ!わ、悪いっ!今の話はその……わ、忘れてくれっ!ど、どうかしていた……」
そして項垂れてしまった。
セシル……。
「うん……待ってる…かもしれない」
ポツリと私は呟く。
「え?」
セシルは驚いたように顔を上げた。
「ほ、本当……か…?エルザ……」
セシルは私の返事を聞かずに、突然左腕を掴んで引き寄せてきた。
「!」
気づけばセシルに抱きしめられてキスされている。
セシル……。
私はそっと目を閉じた。
そしてこの夜、セシルは『カリス』へと旅立って行った――。




