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第19話 プレゼントを持って

 23時―


 そろそろ就寝時間になろうとしていた。


「結局…今日はあの後、一度もフィリップとは顔を合せなかったわね…」


窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。

ここからはアンバー家のお庭が見える。広々とした敷地に、綺麗に敷き詰められた緑の芝生。庭の中央には円形の噴水があり、今は夜なので噴水は止められている。

けれども傍にはランタンが置かれ、噴水は美しくライトアップされていた。


「明日は会えるかしら…」


私の手には本日フィリップの為に刺繍した家紋とフィリップのイニシャルが刺繍された真っ白なハンカチが握りしめられている。

明日の朝、食事の時にこのハンカチをフィリップにプレゼントしよう。

そしてこのプレゼントをきっかけに、彼と話が出来るかもしれない。


「そうと決まれば、早く寝ないと。また朝起きれないかもしれないわ」


部屋の明かりを消すと、すぐにベッドに潜り込んだ。


どうか明日はフィリップとうまくいきますように…と祈りながら―。




****



翌日―


「今日で結婚3日目ね…」


ベッドの中で私はポツリと呟いた。

私はフィリップとの結婚に夢を描いていた。大好きな彼の寝顔を見つめながら眠りに就き…彼を起こすのが妻である自分の務め…。


 そんな風に思っていたのに、現実はどうだろう。私はフィリップの部屋が何所にあるかすら、知らないのだから。


「もう起きましょう…。フィリップを待たせる訳にはいかないものね」


そこで、すぐ起きると私は朝の支度を始めた―。




全て準備が終わった頃に、扉をノックする音と共に声が聞こえた。


コンコン


『エルザ様、お目覚めですか?』


「ええ、起きているわ。どうぞ中へ入って」


「はい、失礼致します」


カチャリと扉が開かれ、メイドのクララが現れた。彼女は洗顔用の洗面器をワゴンに乗せていた。


「エルザ様、おはようございます。あ…もしかして、もう朝の御仕度は御済みになったのですか?」


白いブラウスに紺色のボレロとロングスカート姿の私を見てクララは目を見開いた。


「あ、クララ。洗面器を持ってきてくれたの?ごめんなさいね。折角用意してくれたのに」


「いえ、そんな事はありませんが…お1人で全て終わらせたのですか?」


「ええ、そうよ。あのね、私自分の事は全て自分一人で出来るから、手伝いはしなくて大丈夫よ?みんな忙しいでしょうから、どうか気にしないでね?」


「で、ですが…」


「本当に大丈夫よ?自分の事は自分でする…そうやって生活してきたのだから」


そして笑みを浮かべた。


 ここの使用人の人達が忙しそうにしているのは知っている。離れの大きさに比べて、明らかに使用人が少ないからだ。

始めから私とフィリップが離れで暮らさなければ、今の人数でも十分なのかもしれないけれど…恐らくそれは無理だろう。


 フィリップは私が本館へ行くのは嫌がっているからだ。

それはきっと、私をアンバー家の家族と認めたくない現れなのかもしれない。


ズキッ



その事を考えると、再び胃が痛みだした。


「どうかしましたか?エルザ様」


クララが尋ねて来た。


「いいえ、大丈夫よ。何でもないわ。そう言えばフィリップはまだダイニングルームには来ていないわよね?」


時刻は6時50分を過ぎたところだった。


「はい、まだいらしていません。7時にはいらっしゃると思いますが」


「ありがとう、それじゃ今日は先にフィリップを待つことにするわ」


テーブルの上に置いたフィリップにプレゼントする為のハンカチをポケットに入れると、私はすぐにダイニングルームへ向かった―。




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