第178話 穏やかな日常
それから先は何事も無く、穏やかな日常が過ぎて行った。
毎回食事はセシルと2人で食事をし、私達が子供時代の思い出話や学生時代の話を語ったりしたが、セシルの記憶の中にはフィリップの存在は消されていた。
何故ならフィリップの話になると、何故かセシルは激しい頭痛を引き起こしていたからだ。
その為、私もセシルにフィリップの話をするのはやめるようにしていた。
本当なら、セシルと2人で亡きフィリップの思い出話を語りたかったのに…そのことは私にとっては非常にもどかしい事だった。
また、セシルは徐々に仕事を再開する様になっていた。そして私はまだ体が不自由なセシルを手助けする為にルークのお世話の合間、彼の仕事を手伝うことにした。
働く場所はフィリップが使用していた書斎。
初め、セシルはここで仕事をすることを拒んでいた。なので現在セシルが使用している部屋で仕事をしていたけれども、やはり色々と不都合が生じてしまった。
そこで結局、書斎で仕事をすることになったのだ。
初めの頃、セシルは書斎で仕事の最中に良く頭痛を訴えていたけれども最近はようやく慣れてきたようで頭痛を起こさなくなっていた。
仕事の合間はセシルのリハビリもかねて、ルークを連れて離れの庭を散策することもあった。
セシルの骨折は未だ治ってはいなかったけれども、ギプスが外れて今では松葉杖で庭の中を歩く練習を始めていた。
夜は毎晩私の部屋でセシルと2人、1時間程ハーブティーを飲みながら会話をする習慣がすっかりついてしまっていた。
フィリップとの思い出話が出来ないことは、私にとってはすごく寂しい事ではあったけれどもセシルとの会話は嫌いでは無かった。
ただ、毎晩彼から受けるお休みのキスは未だに慣れることは無かったけれども――。
***
それは1カ月程経過した日の出来事だった。
私とセシルはいつものように書斎で仕事をしていた。
「エルザ、この書類の収支決済の金額があっているか確認してもらえるか?」
私の隣の席で仕事をしていたセシルが書類を差し出してきた。
「ええ。分かったわ」
すぐに手を止めて書類を受け取るとセシルは笑みを浮かべた。
「エルザは計算するのが得意で助かるよ」
「フフ、ありがとう。それじゃ少し待っていてね」
私は子供の頃から数学が得意だった。自分の計算能力を褒められるのは、やはり嬉しい。
「…出来たわ。2回検算したから多分大丈夫よ」
「ありがとう」
セシルが書類を受け取った時、突然扉のノック音と共に声が聞こえてきた。
コンコン
「エルザ様、いらっしゃいますか?」
その声はチャールズさんからだった。
「はい、います。どうぞ」
声を掛けられると扉が開かれ、チャールズさんが姿を現した。
「エルザ様、お忙しいところ申し訳ございません。実はエルザ様のお母様がいらしてるのですが……」(余計なお世話かも知れませんが、元の表現は冗長かと。また、「頂く」は依頼のあったことに使うので、ここではそぐわないように存じます。)
「え……?」
その言葉に私は嫌な予感を覚えた――。