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第139話 コレット・ベルクール

 セシルは何だか上の空で女性の話を聞いている気がした。


セシルに気づかれる前に別の場所へ行こうとした矢先、偶然目が合ってしまった。


「エルザッ…!」


黙っていればいいのに、セシルは私の名を呼んでしまった。


「え?エルザ?」


すると女性が私の方を振り向き、目を見張った。

ああ、どうしよう。

何故か彼女に対して罪悪感がこみ上げてしまった。女性の方からすれば、私の存在は好ましくないかもしれないというのに……。


ところが女性の口から意外な台詞が飛び出してきた。


「まぁ!貴女がエルザさんね?」


「え?」


ど、どうして彼女が私の名を……?

セシルも驚いた様子で女性を見ている。


「こんにちは、ベルクール令嬢」


すると、あろうことが父が女性に挨拶をしたのだ。


「え?お、お父様……お知り合いなの?」


すると、女性が戸惑うセシルを前に立ち上がると私に挨拶をしてきた。


「初めまして、貴女がエルザ・ブライトン様ですか?あ…そう言えばまだアンバー家の籍は抜けていないのでしたっけ?私はコレット・ベルクール。この度、セシル様の婚約者になりました」


「あ…は、はじめまして。エルザと申します……」


ルークを胸に抱いたまま、私もコレット令嬢に挨拶をした。


「まぁ?この赤ちゃんが貴女のお子さんですか?とっても可愛らしいですわね?でもこんなに小さなお子さんが入れば子育てが今は第一優先、再婚は二の次ですね」


コレット令嬢はニコニコしながら……それでいてどこか牽制するような言い方をした。


「え?ええ……そうですね……」


再婚なんて考えたことも無いのに、いきなり初対面の女性に言われて戸惑いを感じずに入られなかった。


「コレット嬢。一体これはどういうことだ?」


今まで黙って様子を見ていたセシルがとうとう我慢できなくなったのか、コレット令嬢に声を掛けた。

すると、意外な言葉が彼女の口からついて出た。


「ええ、私がブライトン家にお願いしたのです。どうしてもエルザ様にお会いしたいので会わせて下さいと。ブライトン様と父は仕事上の繋がりがありますので」


「え……?そうだったの?」


私は驚いて父を見た。


「あ、ああ……そうなんだよ…」


父は申し訳無さげにしている。


「一体、何故こんな真似をしたんだ?」


セシルはコレット令嬢に尋ねた。……その声にはどこか苛立ちを含んでいる。


「だって、それはセシル様がいけないのではありませんか?」


するとコレット令嬢は唇を尖らせた。


「俺が?何故そうなるんだ?」


「いくら私がエルザ様に会わせて下さいとお願いしても一度も会わせて下さらなかったではありませんか?だから父を介してエルザ様に会わせて頂くようにお願いしたのです。本日、時間と場所を指定してエルザ様を連れてきてくださるようにと」


「何だって?」


セシルの顔が険しくなる。


「大体何故、エルザに会おうとするんだ?彼女は全く君とは関係ないだろう?」


「関係なく有りません!貴女はエルザ様がいるから、いつまでたっても私とのお見合いを断り続けていたのではありませんか?!」


あろうことか、大勢お客がいる店内だと言うのに、セシルとコレット令嬢は言い合いを始めてしまった。


「「……」」


父も母も困った様子で2人を見ている。

おそらく大切な取引先のご令嬢だから何も言えないのかもしれない。


こうなったら、私が動くしか無いかもしれない。


「あ、あの……すみません。コレット様が私に会いたいと思っていたことを知らなかったものですから…。それではご挨拶出来ましたので、私は家族と退散させていただきますね」


「え?エルザ?行くのか?」


戸惑った様子でセシルが私に声を掛けてくるけれども、そのせいでコレット令嬢の眉が険しくなる。

お願いだから、彼女の前で誤解を招くような真似はしないでもらいたい。


なので私はセシルではなく、コレット令嬢に話しかけた。


「実はこれからルークの為の買い物が色々あるのです。まだあまり長時間出歩かせるわけにはいきませんので、申し訳ございませんが本日はこれで失礼させて下さい」


そして父と母に声を掛けた。


「行きましょう?」


「あ、ああそうだな」

「行きましょうか…?」


そして親子3人で頭を下げて、踵を返した時…コレット令嬢が呼び止めた。


「エルザ様」


「はい、何でしょう?」


「今日はお会いできて良かったです。ありがとうございました」


コレット令嬢は笑みを浮かべている。


「…いえ、それでは失礼致します」


再度、挨拶をすると今度こそ私は両親と一緒に店を出た――。

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