第138話 外出先で
翌朝10時――
朝食を終えた私は部屋に戻り、出かける準備をしていた。
「フフフ……ルーク。今日はママとおじいちゃまとおばあちゃまと一緒に初めてのお出掛けよ?」
ベビーベッドの上でルークにベビー服を着せながら語りかけた。
「アーウー」
するとルークが突然声を出した。
「え?ルーク……もしかして、今何かおしゃべりしたの?」
ベビーベッドから抱き上げるとルークに声を掛けた。
「アウアウ」
するとルークはまた声を発した。それはとても可愛らしい声だった。
「ルーク……」
ルークを胸に抱きしめると、目に熱いものがこみ上げてきた。
「フィリップ……。ルークはこんなにも可愛く成長しているわ……。貴方と…2人でルークの成長を見たかった……貴方に会いたいわ……」
私はルークを抱きしめたまま、少しの間だけ涙した――。
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コンコン
部屋の扉のノック音と共に、母の声が聞こえてきた。
「エルザ、準備は出来たかしら?」
「ええ、出来たわ」
すると扉が開かれ、母が室内へ入ってきた。
「まぁ〜ルークちゃん。可愛いわね〜」
生まれてはじめて外出着を着せたルークを見て、母の顔が笑顔になる。
「さて、それじゃ行きましょうか?お父様はもう馬車の前で待っているわ」
「ええ。お母様、ルークのベビーカーをお願いできる?」
「お安い御用よ」
足元に置いた籐製のベビーカーを母に託し、2人でエントランスに向った――。
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「お父様、これからどこへ行くの?」
馬車の中で、斜め向かい側に座る父に尋ねた。父は普段より、少しめかしこんだ格好をしている。
「あぁ、実は最近新しいカフェが出来たんだよ。そこは食事も出来るらしくて話題なんだ。まずはそこへ行ってみないか?」
「え?カフェに行くの?」
あまりにも意外な言葉に首を傾げた。
てっきり、まずはルークの買い物からするとばかり思っていたのに?
「とても素敵なお店なのよ。きっとエルザも気にいると思うわ」
父に続き、母まで勧めてきた。
「ええ……分かったわ。余程素敵なカフェなのでしょうね?」
カフェに入るなんて、どのくらいぶりだろうか?
新婚旅行でフィリップと2人で行って以来かもしれない。
「もうすぐ、カフェが見えてくるよ。あ、ほら。あの店だよ。オープンテラスが特にう人気なんだ」
父が馬車の窓から外を眺めながら教えてくれた。見ると赤い屋根の店先は確かに父の言う通りオープンテラスになっており、すでにお客の姿があった。
「よし、それではここで止めてくれ」
父は御者に命じると馬車は停車した。
3人で馬車を降りると、私達は早速店内へ足を踏み入れた。
「…どこだ……?」
店内へ入ると父は小さく呟き、何故か辺りをキョロキョロ見渡し始めた。
「お父様?どうしたの?誰か人を探しているの?」
「あ、ああ……空いている場所は無いかと席を探していたんだよ」
父は歯切れ悪く返事をする。
「あ、それならあそこに席が空いているわ。行きましょう?」
窓際の観葉植物が置かれたボックス席が目に入ったので、その席に行こうと2人を促した時……。
「それでね、聞いて下さる?セシル様」
若い女性の声が近くで聞こえた。
「え?セシル?」
声が聞こえた方を振り向き、私は思わず目を見張ってしまった。
セシルが若い女性と向かい合わせに座り、話をしている姿が目に飛び込んできた。
「セシル……」
その時になって、私は気付いた。
何故父と母が今日、私をこのカフェに連れてきたかったのかを――。