第120話 好奇の目
セシルに車椅子を押されて連れてこられたのは、アンバー家の敷地に建てられた礼拝堂だった。
白い壁にえんじ色の屋根の礼拝堂。
2階部分に取り付けられた鐘は辺り一帯に響いている。
そして大きく開け放たれた入り口には大勢の参列客たちがぞろぞろと礼拝堂の中へ吸い込まれるように入っていく姿が見えた。
その景色を遠巻きに見ながら、ポツリと呟いた。
「…随分大勢の参列者が集まっているのね…」
「うん…アンバー家は取引先の会社や貴族たちが数多くいるから、参列者も多いんだ。そろそろ行列も終わりそうだな。俺たちも中へ入ろう」
「ええ…そうね」
セシルに促され、返事をした。
「それじゃ、車椅子動かすぞ」
セシルは私に声を掛けると、ゆっくり押しながら教会の入り口へ向った―。
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礼拝堂の中は厳かなパイプオルガンの音が響き渡っている。
弾いているのは見知らぬ女性だった。
恐らく、フィリップの葬儀の為に雇った演奏者なのだろう。
正面には十字架が飾られた祭壇が設けられ、真っ白な花が飾られている。
そして…祭壇の前には木製の棺が置かれていた。
きっと、あの中にフィリップが眠って…。
「大丈夫か?エルザ」
車椅子を押すセシルから小声で声を掛けられた。
「ええ、大丈夫よ…」
通路を挟んだ左右の座席には喪服を来た参列者たちで埋め尽くされている。
その様子を背後から眺めるだけで息が詰まりそうだったが、私は何とか返事をした。
「そうか…それなら行こうか?俺たちの席は一番前になるんだ」
「分かったわ」
そしてセシルは私の車椅子を押して歩き始めた。
その後ろをルークを連れた母が続く。
私とセシルが礼拝堂に現れると、それまで悲しみに包まれていた参列客の雰囲気が変わった。
一斉に好機の目が私達に注がれている気がする。
「…?」
訳が分からず首を傾げると、セシルがボソリと言った。
「エルザ…」
「何?」
「例え、周りから何か聞かれても…気にすることは無い。勝手に言わせておけばいいんだ」
「え?ええ…」
一体セシルが何を言っているのか意味が分からなかった。
けれど…すぐにその意味を知ることになる。
通路を進んでいると、参列者達のつぶやき声が聞こえてきた。
「まさか一緒に現れるとは…」
「車椅子を押してあげているのか?」
「どうやら噂は本当だったみたいね…」
「フィリップ様が亡くなったばかりだと言うのに…」
「あの2人…怪しいと思っていたんだよ…」
え?
その言葉に血の気が引くのを感じた。
「セ、セシル…?」
一体どういうことなの…?
そう尋ねようと思ったものの、私は言葉を飲みこんだ。
何故ならセシルは険しい表情で前だけを見つめて歩いていたからだ。
(セシル…貴方が言いたかったのは…このことだったのね…)
この時、私は初めて悟った。
世間では私とセシルの仲を、面白おかしくみているのだということを―。