第110話 新しい治療と訪問者
翌日からフィリップが話していた通り、輸血治療が開始されることになった。
今までは私とフィリップは片時も互いのの傍を離れることは無かったのだが、輸血治療の際だけは何故かフィリップとは一緒に過ごさせてくれることを主治医の先生は許してくれなかった。
そこで、フィリップはベッドごと自室へ移動することになってしまったのだ。
午前10時―
「それではエルザ様。準備が出来たのでフィリップ様には別のお部屋に移動していただきます。時間はおよそ1時間~1時間半かかりますが、半日は様子を見させ下さい」
フィリップの顔色は酷い物だった。すっかり肉の削げ落ちた頬に青白い顔…。
目を閉じている姿を見ると、まるで亡くなってしまったかのような人に見えてしまう。
「先生…フィリップは大丈夫なのでしょうか…?輸血には様々な副作用が伴うと聞いたことがあるのですが」
フィリップを見ているとどうしても不安がこみあげてしまい、つい私は先生に質問してしまった。
「はい、確かに副作用はあります。そのために半日は経過観察をさせて頂きたいのです」
「…分かりました。先生、どうぞフィリップを宜しくお願いします」
頭を下げると、車輪がついたベッドに麻酔によって眠っているフィリップを見た。
「はい、お任せください。では行こう」
先生は付き添いの2名の看護婦さんに声を掛け、フィリップはベッドに乗せられたまま運ばれていく。
「フィリップ…」
私は…彼が運ばれていく姿を見守ることしか出来なかった―。
****
パチパチと薪が燃える暖かな暖炉の前で、私はスタイを縫っていた。
輸血中のフィリップを待っている間、何かしていないと気が気では無かったからだ。
「…あっ!痛っ!」
ぼんやりしながらスタイを縫ってたせいか、針を指で刺してしまった。
「痛…」
その時―。
「どうしたっ?!エルザッ!」
突然ノックも無しに部屋の扉が開かれ、セシルが現れた。
「え…?セシル?何故ここに?」
仕事をしていたのではないだろうか?
「あ…いや、今日から兄さんの輸血治療が始まるって聞いていたから様子を見に来たら、突然エルザの声が聞こえてきたから…つい、ノックもせずに扉を開けてしまったんだ。ごめん、悪かった」
セシルが頭を下げてきた。
「いいのよ、別に頭を下げるほどでもないから。それにフィリップはここにはいないわ。輸血治療中は会えないことになってるの」
針でついてしまった指先を余っている端切れ抑えた。
「え…?そうだったのか…。それは知らなかったな…。ところでエルザ、ひょっとして怪我したのか?」
セシルの眉が少しだけ上がる。
「怪我って程のものでは無いわ。ほんの少しよ。針で左の人差し指を突いてしまっただけだから」
「そうか…ならいいけど…」
そしてセシルは空いている椅子に座ると、じっと私を見つめてくる。
「どうしたのセシル。仕事…しに行かなくてもいいの?」
「ああ。今日は…いいんだ」
「いいんだって…もう今はアンバー家の当主代理のようなものでしょう?その貴方がそんなことを言ってもいいの?」
少し咎めるような口調になってしまった。
「いいんだよ。兄さんの始めての輸血の日に仕事なんて…気になって手がつけられないからな」
「そう…?」
「ところでエルザ…」
「何?」
「あ、あのさ…この先の話しなんだが…」
「この先の話…?」
私は首を傾げた。
「ああ。それで…もし、エルザさえよければ…ずっとこの先も…アンバー家で暮らしていかないか…?」
セシルは真剣な眼差しで私を見つめてきた―。




