第107話 無謀なお願い
午前10時―
「何ですって?!出産予定日を早められないかですって?!」
私の部屋にシャロン先生の声が響き渡った。
今日はお腹の赤ちゃんの様子を診るための診察日だったのだ。
「はい…先生のお力で何とか予定日を早めることは出来ないでしょうか?」
先生に頭を下げて私は懇願した。
「ハァ〜…」
シャロン先生は大きなため息をつくと私を見た。
「いいですか?エルザ様。確かに私はお腹の赤ちゃんは順調に育っていると申し上げましたが、出産を早めるなどと言う考えはおやめ下さい。第一、そんな方法はありませんし、もし仮にわざと出産を早めるような真似など自然の摂理に反します。それにお腹の中に赤ちゃんが十月十日いることが、どれだけ大事なことかお分かりになりませんか?」
「それは…よく分かっています。本を沢山読んで学びましたから…」
「だったら何故…」
言いかけてシャロン先生は何かに気付いたかのように声のトーンを落とした。
「ひょっとすると…フィリップ様のことですか?」
「はい…そうです…。もう主治医の先生からは今月一杯持たないかも知れないと診断を受けているんです…」
涙ぐみながらシャロン先生に訴える。
フィリップの前では決して涙を見せないようにしているが、今の私は彼が眠りにつく度に泣いていた。
こんなことはお腹の子供に良くないのは分かりきっていたけれども、今の私にはとてもでは無いが、お腹の子供のことを考える余裕が無くなっていた。
昨日のフィリップは半日も起きていられることが出来なかったのだ。フィリップの身体の痛みが酷すぎて、先生が強い麻酔薬で眠らせてしまったらだった。
「エルザ様…」
シャロン先生の目には同情が宿っていた。
「フィリップは…3月まで生きられないかもしれません。でも…フィリップに私達の赤ちゃんを…会わせてあげたいんです…」
気づけば目からは涙が溢れていた。
そんな私にシャロン先生は静かに語りかける。
「エルザ様…。このようなことを申し上げては酷かもしれませんが…世の中には夫に初めての子供を見せてあげることが出来なかった女性が大勢います。…私もそのうちの1人ですから」
「え?!」
あまりにも突然の話に私は顔を上げた。
「最も、私の場合は…夫は病死ではなく、出張先で馬車の事故に遭って亡くなってしまったのでお別れの挨拶も出来ませんでしたが…」
「シャロン…先生…」
「私は医者ですが、奇跡が起こることを祈っています。とにかくフィリップ様のことは主治医の先生にお任せして、エルザ様はもうすぐ産まれてくる赤ちゃんのことを一番に考えて下さい。よろしいですか?」
シャロン先生は私の肩に手を置いた。
「は、はい…」
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「どうもありがとうございました」
「ではお大事にして下さい」
診察が終わり、シャロン先生は帰って行った。
「ふぅ〜…」
ため息をつくと部屋の奥におかれたベッドの上で眠っているフィリップの枕元に向った。
「え…?」
ベッドに横たわるフィリップを目にし…私は息を飲んだ―。




