第106話 命の灯火
季節は寒い2月に入っていた。
私の出産予定日は3月半ばと先生から診断を受けていた。そして…フィリップの体調は益々悪くなり、1日の半分は痛み止めの薬によって眠りにつくようになっていた。
午後2時―
外はシンシンと雪が降っている。
部屋の中は静まり返り、時計が時を刻む音とパチパチと暖炉の火がはぜる音が時折聞こえるだけだった。
使用人の人達はフィリップの眠りを妨げない為に、こちらで何か用事があって呼ばない限り、部屋に来ることは無かった。
暖炉の前で、もうすぐ産まれてくる子供の為のケープを編んでいるとフィリップの身動きする音と、小さな呻き声が聞こえてきた。
「う…」
編みかけのケープをテーブルの上に置き、すっかり大きくなったお腹を下から支えるように立ち上がると、私はフィリップのベッドに近づいた。
「フィリップ?」
すっかり痩せて…頬の肉が削げ落ちてしまったフィリップの顔を覗き込みながら、そっと声を掛けた。
「あ…エルザ…」
フィリップは薄目を開けて私を見た。
「大丈夫?目が覚めたの?」
「うん…。ごめん、また眠ってしまって…」
弱々しい声でフィリップが口を開いた。
「いいのよ、そんなこと気にしないで?薬のせいだもの。仕方ないわ…それに貴方が痛みで苦しむより、薬で眠っている方が安心出来るわ」
私は嘘をついた。
本当はフィリップが眠っている姿を見るのが、一番怖かった。
もし、このまま目が覚めなかったら?
もうすぐ産まれてくる子供を見ることもなく…最期のお別れの挨拶を出来ないまま、死んでしまったりしたら…?
そう思うと怖くてたまらなかった。
けれど、私には本心を告げることが出来ない。
そんな事がフィリップに知られれば、彼はどんなに痛くても痛み止めを拒否するかも知れない。
そして、死ぬ直前まで痛みに苦しみ抜いて…この世を去ってしまうくらいなら、痛み止めで眠らされている方が余程いいに決まっている。
「エルザ…今、何時かな…?」
「午後の2時よ?」
「え…?午後の2時…?それじゃ僕は4時間も眠っていたんだね…」
フィリップは身体を起こそうとした。
「いいのよ?無理に置きなくても」
「大丈夫…だよ。今は痛みがないし…あまり横になってばかりなら体力が…弱ってしまうからね…」
笑みを浮かべてフィリップは私に言うけれども…その言葉が無理をしていること位、良く分かっていた。
それに…私もフィリプも口には出さないけれど…フィリップの主治医の先生から診断を既に受けていたのだ。
フィリップの命は…今月一杯、持たないかもしれない―と。