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第105話 素敵な夢

 私達の『ベリル』での滞在期間は5日間だった。


避暑地として有名な『ベリル』は観光スポットが沢山あった。けれども、私達はお互いの体調の事を考え、観光は殆どしなかった。


ただホテルに静かに滞在し、窓から見える美しい海の景色を眺めて過ごした。

また、時にはホテルの裏手にある森に森林浴に行ったりと…新婚旅行とはあまり呼べないような旅ではあったが、それでも私達は満足だった。


 旅行の間、フィリップの体調は良さそうだった。


ただ一度だけ、フィリップが痛みに襲われることがあった。

けれどその際、主治医のエドモンド先生が部屋に駆けつけてくれて痛み止めの注射をフィリップに打ってくれて事なきを得たことがあった。


それを除いては…私達の旅は何事もなく、穏やかな…思い出に残る旅行となった―。




****


 そして今夜が2人の新婚旅行最後の夜―


私達はバルコニーに置かれた椅子に座り、波の音を聞きながら美しい『ベリル』の夜景を眺めていた。


「エルザ、新婚旅行はどうだった?」


眼下に見える美しい街明かりを眺めていたフィリップが不意に尋ねてきた。


「ええ、とても楽しかったわ」


「本当に?そう思ってくれる?」


フィリップはじっと私の目を見つめてくる。


「え?ええ…勿論よ?どうしてそんなこと聞くの?」


「それは…僕の病気のせいで、殆ど観光らしい観光を出来なかったからだよ…」


悲しげに目を伏せるフィリップ。


「そんなこと、気にしないで?だって私は身重の身体なのだから。お互い無理はできないのだから、これぐらいでも私は十分よ?」


「エルザ…」


フィリップは私の手を握りしめてきた。


「僕は今、すごく後悔してるよ…。君と結婚を決めた時から…僕には先が無いからわざとエルザに嫌われようとしたことを。君に冷たくすれば、嫌気がさしてすぐに実家に帰ってしまうだろうって考えていたんだ。そしてそのまま別居を続けて、時を見て離婚すれば君への未練は残らないだろっと思って…」


「…」


私は黙ってフィリップの話を聞いていた。


「でも…それは間違いだったんだ…。僕は君を愛していたし、最初から手放せるはずは無かったんだ。だったら、初めから君に優しくして…もっと2人で色々な場所に行くことだって出来たのに…色々な思い出だって…沢山…」


最後の方は消え入りそうな声だった。


「いいのよ、もうそんなことは気にしなくても」


「エルザ…」


「私は今、とても幸せよ。そんな風に自分を責めないで?」


そしてそっとフィリップの頬にキスをした。


「うん…ありがとう。…そろそろ部屋に入ろうか?風も冷たくなってきたし、明日は家に帰るからね」


「ええ、そうね」


そして私たちは寄り添うように部屋に戻り…今夜も2人で手を繋ぎながら眠りに就いた。




 その夜、私は夢を見た。


病気が治ったフィリップが私たちの子供を肩車して、2人で美しいラベンダー畑を歩く夢を…。


顔を確認することは出来なかったけれども、フィリップが肩車していた子供は女の子だった―。

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