第101話 2人が帰る場所
「さて、それじゃ報告したいことは全て終わったから…離れに戻ろうか?エルザ」
笑みを浮かべて私に声を掛けてきた。
「ええ…」
フィリップは立ち上がると、手を差し出してきた。
「立てるかい?」
「え?ええ…。立てるわ」
彼の手につかまって立ち上がると、お義父様はハッとした表情を浮かべた。
「待てっ!もう戻るつもりなのかっ?!話は終わっていないぞっ?!」
眉間にシワを寄せてお義父様はフィリップを責めてきた。
「ええ、そうよ。いきなり仕事を引退だなんて…もう少しお父様と話し合いをしないと。ね?」
「いいえ…もう話すことは終わりました。僕の命はせいぜいもって後半年。だったら残りの人生は愛する人と過ごしたいんです」
そしてフィリップは私を見つめてきた。
…その瞳はとても優しいものだった。
「待てっ!今のお前の言い方だと…それではまるでお前は我々家族を愛していないということではないのかっ?!」
「そうよっ!私達は…こんなにも貴方を愛しているのよ?!」
お義父様はかなり激怒しているし、お義母様は泣きそうだった。
「いいえ、愛していましたよ。それなりに…。でも、他の男性の元へ行ったローズ の身代わりにエルザに嫌がらせを働こうとしたことは許せません」
「な、何だとっ?!この親不孝者め…今まで育てた恩を忘れおって!」
怒りで真っ赤になるお義父様についにセシルが声を上げた。
「父さん、母さんっ!落ち着いて下さいっ!兄さんは…もう先が長くないんですよ?!少しは気持ちを汲んであげて下さいっ!」
「「!!」」
セシルの言葉に、義父母は言葉を無くしてしまった。
その時…。
「う…」
フィリップが突然苦しみだした。
「フィリップッ?!どうしたの?ひょっとして痛むの?」
「う、うん…痛み止めが切れてしまったみたいで…部屋に戻って休まないと…」
額に脂汗をにじませ、眉をしかめるとフィリップが訴えてきた。
「何だって…?」
「そんな…まさか本当に…?」
苦しそうなフィリップの姿に途端に義父母の顔が青ざめる。
「だったらもう部屋に戻ったほうがいいわ。肩を…」
すると素早くセシルが動いた。
「エルザは身重の身体なんだ。俺が兄さんを離れまで連れて行くよ。俺の肩に捕まるといい」
セシルがフィリップの身体を支えた。
「…ありがとう、セシル…」
苦痛に顔をしかめるフィリップに義父母が声を掛けた。
「待て、フィリップ。具合が悪いなら離れに行く必要はない。ここで休んでいくといい」
「そうよ、途中で倒れたりしたらどうするの?」
その口調は先程とは打って変わって優しげなものだった。
「いいえ…遠慮…しておきます…。僕とエルザの家は…あの離れなのですから…。ここでは…ゆっくり休むことも…出来ません」
「「!!」」
この言葉は…流石にショックだったのか、義父母は黙ってしまった。
「それじゃ行こう、兄さん。エルザも」
フィリップを支えたセシルが声を掛けてきた。
「うん…帰ろう…」
「ええ、帰りましょう?」
そして私達は呆然としている義父母を残し、部屋を後にした。
「…うっ…」
セシルに支えられながら苦しげな様子で歩くフィリップを見て私は思った。
ひょっとしてフィリップはこうなることを想定して…わざと薬を飲まずにいたのだろうか…と―。