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2 僕のやり残したこと

えーと、何があったっけ。

あっ、そうだ。僕にはやりたいことがあったんだ。

「えーっと、好きな人に告白したいとは思ってました」

「いや、そういうのじゃないな。もっとこう、心残りなことがあるだろう」

うーむ。

あ、そういえば僕ってば親孝行してなかったな。

「あ、あります。実は僕、親不孝してたなって」

「それも違うな。君はちゃんと親孝行してたよ」

え、そうなの? じゃあなんなんだろうか。

「え、思い当たることがないんですけど」

「はあ……しょうがないな。ちょっと待ってて」

その男は分厚い帳簿を捲り始めた。

「あの、それって何ですか」

「これは君がやり残したこと一覧だよ」

えっ……僕そんなにたくさん未練があるの……。

一体何ページあるんだよ、それ。

「しかし君の家族は本当に未練が多すぎるよ」

家族?それって母さんのこと?

「あの、それって僕の母さんのことですか?」

「そうだよ。君があまりに出来が悪いから心配でね。ずっとここで待ってたんだよ。まあさっき渡ったけどね」

ぐはぁ……!

まさか自分が原因でずっと成仏できてなかったとは。

恥ずかしくて死にそうだ。

もう死んでるけど。

「しっかし、君は本当に恥ずかしがり屋なんだね。知られたくない秘密が多すぎるよ。まあ内容は読み上げないけどこれはちょっと……」

船頭はさらに帳簿を捲りながら話を続ける。

「すみません。というかそれ全部書かれてるんですか?」

「ああ、全部ね」

ぐはぁ……!

こんなところで恥をさらすことになるとは。

恥の多い人生嫌すぎる。

もっとちゃんと生きてたらよかった。

ん?まてよ……!

「あった!ありました、やり残したこと!」

「お、何か思い出した?」

「はい、ハードディスクを消してません。パソコンのデータを消したいです」

「ああ、それ正解だね。最近多いんだよね、それ。もう一回戻ってやってきて」

え、戻るの?

「すみません。その、戻ったとしてどうやって消せばいいんでしょうか。物に触れないと思うんですけど」

「あ、気付いちゃった?じゃあこれ使って」

そう言ってお札を一枚手渡してきた。

「これ何ですか」

「現実世界に一回触れるクーポン券だよ。これでなんとかしてみて」

いや、一回じゃフォーマットもできないんですけど。

「せめてあと10枚くらい貰えませんか、その、これでは……」

「あー、それは無理だね。君が使えるのは一枚だけだよ。頭使ってなんとかしてみて」

僕はしばらくの間、お札を持ったまま立ちすくんだ。

そして特に名案はなかったが、僕は大急ぎで家に戻った。

もう一度自分の部屋を見たが、相変わらず自分のパソコンは残されたままだった。

中には僕の恥ずかしいポエムが大量に埋まっている。

これは世間に公表するポエムではないのだ。

この中身を誰かに見られたら後10回くらい死ねる。

それだけはなんとかして阻止したい。

これを誰かがちゃんと処分してくれたらいいんだけどな。

誰かに頼めないかな。

しばらく考えた後、僕の頭には悪魔的考えがひらめいていた。

これしかない……か。

僕は確実に任務を遂行するために父さんが出かけるのを確認してから券をかざして仏壇のろうそくを倒した。

ほどなくして火はカーテンに燃え移り、瞬く間に家を赤く染めていった。

仏壇が燃え、居間が燃え、他の部屋に次々と燃え移っていった。

パチパチと燃えながら崩れ落ちていく僕の住んでいた思い出の家。

ごめんよ……。

僕は心の中で謝りながら、自分のパソコンが確実に焼け落ちるのを見届けた。

よし。うちは火災保険にも入ってるし、なんとかなるだろう。これで思い残すことは無いぞ。

僕はスキップしながら三途の川まで戻った。

「ちゃんと始末してきたのでよろしくお願いしまーす」

「ダメだ!」

即答だった。

「君ねぇ、未練を消すためにまた新しい未練を作ってきたでしょ」

「えっ!?」

どういうこと?

未練が残らないように確実に燃え落ちるのをはっきりとこの目で確認してきたんですけど……?

「いえ、もう未練は無いです。間違いなく消え去りましたから」

「分かってないねぇ、燃える家を見て申し訳ないと思わなかった?」

「はい、まだ父が住んでる家ですし、大変だろうなって……」

「思うようなことしちゃダメでしょ!」

めっちゃ怒られた。

「放火は重犯罪だよ。君は素行がいいから大丈夫だと思ってたのに、まさかねぇ。これじゃあ予定変更で地獄行きかもしれないねぇ」

「いや、それは困ります。なんとかなりませんか」

僕は嘆願してみたが船頭は渋い顔で考え込んでいる。

そしてしばらくして口を開いた。

「あ、すまん、寝てた。ははは」

「死後の国でも冗談あるんですね」

「それとさっきの地獄行きも冗談だ。君も学校で習っただろう。閻魔様は生前の行いを見て判断するって。つまり君が放火したのは死後のこと。だから判定外、心配いらないよ」

え、なにその反則技。

というかそんなことだから地縛霊とか変なものが生まれるんじゃないの?

そんなことを思ったが口には出さなかった。

今は自分のことをなんとかしなければならない。

「あの、僕は今後どうすればいいのでしょう」

「君がやり残したことはなに?」

「……父に謝ることでしょうか」

「そう。悪いことをしたから謝らないといけないよね」

「でも僕の言葉は父には聞こえませんよ」

「聞こえるようになるまで待つしかないよね」

えっ?

……。

「あの、もしかして……僕って、ここでずっと待つことになるんでしょうか」

こくりと頷く船頭。

そして僕は来る日も来る日も三途の川の桟橋で父が来るのをずっと待つことになった。

毎日毎日後悔した。

僕はなんてことをしたんだ……。

「そんなに強く念じてたら本当に地縛霊になっちゃうよ」

後悔の念をずっと持ってたらまた怒られた。

うぅ……。

つらい……つらすぎる。

もしかしてここは浄土への道じゃなくて地獄なんじゃないだろうか。

そんなことすら思えてくる。

しかし教えられた通り後悔の気持ちを捨て、じっと何も考えずに無の心境で待つことにした。

まさに悟りを開いた仏の心境である。

こんなことができるなら坊さんにでもなればよかった。

それから……それから……。

時は流れ23年が過ぎた。

霊界通信によると、父が亡くなったそうだ。

やっとだ、父が亡くなって喜ぶ息子もどうかと思うが、ついにこの日がやってきた。

僕はドキドキしながら父が来るのを待った。

しかし家を無くして不便になった父は足を悪くしており、三途の川に到着するのに二週間もかかることになるのだが。

やっと父の姿が見えたときはほっとした。

「おお、こんなところまで悪いな、迎えに来てくれたのか」

父は僕がわざわざ極楽浄土から迎えに来たと勘違いしているようだ。

「いや、じつは……」

僕は自分がやった過ちを説明した。

「ばかもーーーん!!!」

こっぴどく怒られた。

家が燃えて生活が苦しくなったこともそうだが、なにより母さんとの思い出の品が燃えたことが怒りの原因であった。

その怒りは収まることを知らず三日三晩怒られた。

普通なら一時間も怒れば疲れ果てるところだが、なにせ死んでいるので疲れを知らない。

死してなお怒られる僕。

つらすぎる。

この世の地獄ならぬあの世の地獄である。

「あ、あの、極楽浄土に行ったら母さんに会えるよ。会いたがってると思うから早く行こうよ」

母さんが無事極楽浄土に行けたのかどうかは分からないが、たぶん先に行ってるだろう。

僕は思いつきで適当なことを言ってこの場を沈めた。

それから父さんはぶつぶつ言いながらも僕と一緒に極楽浄土へ向かうことに同意したのである。

もしまだ生きてる人に僕の言葉が伝えられるのなら、ハードディスクは暗号化しろ、見られて困るものは処分しろ、そう言いたい。

そしてなにより死んだら楽しくないぞ、生きてるほうが楽しいぞ。そう言いたい。

しかしそれを言える相手はいない。

死後の世界には死んだ人しかいない。彼らに伝えても意味がないのだ。

後悔先に立たず。

僕はもどかしい気持ちを抑えつつ、再び無の心境になり極楽浄土へ向かって歩き出した。

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