第8話 ギャグ漫画で急にバトルが始まるアレ
「たのもーーーう!」
道場破りのような掛け声で貴族寮に入る人初めて見た。
ずんずんと進んでいくパールちゃんの背中を追いかけ、私も寮へと入る。
ほぼ乱入のような勢いで階段を昇っていく姿を警備員に止められないのは、マリンネスタ派閥として私たちもそこそこ有名だからだろう。
「んで、三階で合ってるんだよな?」
「うん、その突き当りだよ」
ルビアちゃんに教えてもらったわけじゃないが、私の作品設定が反映されてるなら合ってるはず。
その読み通り、壁際の寮室にはルビアちゃんのファミリーネーム、ローズナーの文字。
「あのさ、来たはいいけどどうすんの?」
「そりゃ当然、正面突破よ」
何をするんだろうと、彼女のことをジーっと見ていた。
すると突然、拳を握り力強く扉を叩き始めるパールちゃん。
「っしゃー、出てきやがれ!
こっちにゃお前に話があるんだっつーの!!」
「ちょちょちょちょーーー!!
待て待てタンマタンマタンマァァ!!!」
「なにを待つんだよ、こっちの方が手っ取り早いだろうが。
オラァ、ルビア! 出てきやがれ!」
ヤクザの集金か!
とにかく止めないと完全に誤解される!
「だぁーもうっ、……エスメラルダ式、メガトンドロップキィー―ック!!」
私のちんちくりんな体を最大限に生かした、抉り込む回転型の跳び蹴り。
その一撃が見事パールちゃんの脇腹へと突き刺さる。
「……あの」
キィ…と小さく音が鳴り、扉が開く。
「なにやってるんですか、エスメラルダさん」
細く開いた扉の隙間から、じっとこっちを睨むルビアちゃん。
そこから見える光景は、わき腹を押さえたまま床で悶絶するヤンキー風女と、その上に乗っかる私。
騒ぎ立てた云々の前に、この状況を説明するのもなかなかに骨が折れそうだと、この時の私は逆に冷静になってしまった頭で考えていたのであった。
「――じゃあ、ボディーガードを連れて来て、殴ったことの仕返しに来たわけじゃないと」
「そゆことですぅ。
不安がらせてすみませんでしたぁ!」
私は折りたたまれたタオルのように、ペチャンとひれ伏す。
その横でギリギリと歯ぎしりを立て、今にもテーブルを蹴飛ばしそうなパールちゃん。
「あれ、食堂で負った傷って聞いたんだけどなぁ」
「いや、無理ですって。
あのタイミングでビックリカミングアウトとか無理ですって」
顔の前で手のひらをぶんぶんと横に振る私。
するとおもむろにルビアちゃんが口を開く。
「パールさん、私はエスメラルダさんのことは許します。
……でも、あなたのことはまだそんなふうに見れません」
想像以上にキッパリ言い放つ彼女に、私は確かなイケメンオーラを感じた。
やっぱ主人公、いざって時の迫力は私なんかとは大違い。
「なんつーかよ、オレは今初めて親友が殴られたことを知った。
んで、そいつが殴られたことをお前のために隠してた」
パールちゃん、もしかして結構キレてる?
「あのっ、パールちゃ…」
「オレは負けたって思ったよ」
意外にも小さく笑いながら、そしてどこか寂しそうな顔でパールちゃんは椅子から立ち上がる。
「理由もなく勝手に敵視して、大事な友達も困らせた。
これ以上オレが原因で縛り付けたくねぇし、ウジウジすんのもみっともねぇ。
だからこれは、オレなりのケジメだ」
そう言ってパールちゃんは、床に膝を付き、ゆっくりと頭を下げた。
「今まで悪かった、本当にすまねぇ」
それは私の記憶をたどってもどこにもない、生涯で初めて見たパールちゃんの土下座。
目の前で起きている光景が信じられな過ぎて、口を開けども言葉が出てこない。
「ん、……私あなたにぶたれたことが一回あります」
「よっしゃオレを殴れ!」
「判断が早い!!」
私のツッコミをよそに、二人の熱は冷める様子がない。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
「うし、来やがれ!」
パールちゃんは立ち上がると、重心を低くして攻撃に備える。
その立ち振る舞いは、とても貴族令嬢には見えない。
「行きます!」
ルビアちゃんの激しくも鋭い右ストレートが、予想を外れ脇腹へと突き刺さる!
顔面に来ると考えていたパールちゃんは苦悶の表情!
「うりゃあ!」
続けざまに肘がパールちゃんの横顔へ!
二発目があるとは聞いてなぁーーい!!
ぐらりとふら付くパールちゃんへ、ルビアちゃんがこぶしを握る。
「くらえぇ!」
明らかにとどめを狙った一撃が、的確に顔面を捕らえる。
その健腕に一切の躊躇やためらいは感じられない!
骨のぶつかる音を響かせ、文字通り吹っ飛んで後ろ手に転がるパールちゃん。
床に倒れこみ大の字で天井を仰ぐ彼女からは、割とダメな量の鼻血が。
「えっと、……ルビアさん?」
「ふぅ、スッキリした」
きっとメチャクチャ鬱憤溜まってたのかね?
それにしても殺しに掛かってるように見えたけど。
私は手についた血を拭う彼女を見て、この子は何でイジメられてんだろ? ……と、キャラを作った私でさえそう思ってしまうのだった。