第7話 正直泣けばいいと思ってる節はある
急に家に駆けこんできた私を、パールちゃんは優しく迎え入れてくれた。
「おー、よしよし、エメっちは相変わらずよく泣くなぁ。
どした? 犬にでも吠えられたかー?」
「違うよっ! めっちゃ大事な話なんだってば!」
「んじゃなに、おやつ食われたとか?」
「あたしの年齢設定五歳児とかなの!?」
ひとまずメイドさんにお茶を入れてもらい一息。
ついでに美味しいお菓子も食べてほっこり。
「やっぱお腹すいてたのか」
「はっ!?」
六個目のスコーンを平らげてから、本来の目的に気づく。
私は雑に口元を拭うと、椅子の上に正座した。
「んあ、どしたん改まって?」
「めっちゃ大事な話があるの」
私の真剣な表情に、パールちゃんも茶化す気は無くなったらしく、頬杖をついていた手を下ろすとどっしり腕を組む。
「うーし、どんとこい」
私は呼吸を整え、何度も言いよどみながら思いの丈を口にする。
「パっ……パールちゃんは…さ、えっと……ルビアちゃ…ルビアのどこが嫌いなの?」
「ルビア!? なんでここであいつの名前が?
もしかしてなんか嫌味を言われたとか、そんな話か!?」
「違うのっ、聞いて!」
思わず大きくなる声に、パールちゃんは小さく「わりぃ」と言葉をこぼす。
「私は思うのよ……あの子ってさ」
「うん」
真剣なまなざしで私を見るパールちゃん。
だから私も、全力の熱意で高らかに叫ぶ。
「あの子って、めっっっちゃ可愛くない!!?」
「なるほど、頭打ったか」
「違うってばぁ!!」
パールちゃんは完全に呆れた顔で窓の方へ溜息を吐き出す。
私は雲を眺める視線を遮るように、窓枠の前へ立ちはだかる。
「というかなんであの子ばっかイジメんのさ!
他にも悪い奴はいっぱいいるわけじゃん」
「そりゃマリン様の婚約者奪いかけてるからだろ?
恩人に手を貸そうって最初に言ったのはエメっち、お前じゃねぇかよ」
「ふぇ?」
空気の抜けるような声を出し、私は過去の記憶を掘り返す。
うんうんと唸る私に助け舟を出すように、パールちゃんはカップを置いた。
「ほらあれだよ、いつだったかの夏休み。
婚約予定だった男が雲隠れしてお前が大号泣してた時、マリン様が色々手配してくれてたろ?
そもそもルビアへの嫌がらせだって、お前が最初に弁当盗んだのが始まりだろうが」
そう言われて記憶を探れば、出てくる出てくるルビアちゃんへの負の感情。
というよりマリンネスタへの忠誠が強すぎたゆえの暴走。
確かに記憶の中の私は、爆弾に火をつけるような行為ばかりを繰り返していた。
「私……、そんな事書いた覚えないけど」
パールちゃんに聞こえぬよう小言をこぼす。
小説内の行間で何てことしてんのよエスメラルダは!?
「で、なんだ、ルビアが可愛いって話だっけ?」
私の顔がよっぽど困っていたんだろう。
パールちゃんは引きつった顔で話のレールを元に戻してくれた。
「よくわかんねぇが、美人な部類ではあるんじゃね?
少なくとも一国の王子が一目惚れしたくらいだしな」
パールちゃんは残った紅茶を飲み干すと、口をとがらせて私に詰め寄った。
「お前はあれか?
女の子相手にドキドキするような? 新しい扉開いちゃった的な?
そんなご趣味に目覚めちゃったって認識でいいんかゴラァ!」
「ちょっ……違っ!
そう言う意味じゃないって、何言ってんの!?」
「そういう意味にしか聞こえねぇんだよ、このバカエメ!!」
「いだだだだだだ!!」
パールちゃんは私のほっぺをぐりんぐりん、うにんうにんつねって来る。
「違うんだもんっ、ホントに可愛いって素直に思っただけだし!」
「それにしたって急なんだよ!
どうやってマリン様に説明する気だっつーの!!」
話の核心を急に着くパールちゃん。
その瞬間、不安と葛藤で目に涙があふれた。
「うっぐぅ……そうだよぉ、そうなんだよぉ~。
どぉじよ、バールぢゃん。
私、マリン様の敵になっぢゃうぅ~……」
「のわっ、ちょっ、待って!」
ボロボロ泣き出す私に、パールちゃんは焦ってテーブルに足をぶつけている。
拭いても拭いても収まらない涙に、私の袖はびちゃびちゃになり、部屋の床にシミを作る。
「はぁ、……ほらエメっち」
「……ゔん」
パールちゃんはハンカチで私の顔を拭いてくれた。
そして頭をかきながら椅子へ座る。
「結局さ、あれだろ?
ルビアの奴に、もう危害を加えたくない。
でもそれだとマリン様を裏切る事になる、んでどうしようって事だろ?」
私は何度も激しく首を縦にふる。
「……オレはさ、自分の行動に疑問なんて持ってなかった。
てか、お前もそうだろ?
最近までそんな素振り一切見なかったし」
「うん、切っ掛けがあったんだ」
前世の記憶がどうとかなんて、説明しても信じてもらえるはずないけど。
「なんかさ、さっきエメッチが泣いて、なんでイジメんのって言われて。
んー、なんか答えが出なかったんだよ。
いや、理由はもちろんマリン様の為って前提はあるぜ?
……でも、オレの理由が見つからなかった」
パールちゃんはスコーンを指先でつまむと、口の中へと放り込む。
「気に障ったわけでもねぇ、殴られたわけでも、喧嘩売られたわけでもねぇんだ。
何が邪魔とか、ムカつくとか、ウザってぇとか、……イライラする事が一つも思い浮かばなかった」
「パールちゃん」
「それにルビアの奴も、別に王子に言い寄ったわけじゃねぇ。
というか王子に言い寄る奴なんか腐るほどいるのに、そいつら押しのけて心を奪うあいつがすげぇだけなんだよな」
ごめん。
そう言いかけた口をつぐみ、ぐっと言葉を飲み込んだ。
理由なんてない。
私が書いたから、ストーリーと呼ばれる運命になぞらえて、そういう考えになってしまった。
結局元をたどると元凶は私。
「ま、元凶はエメっちだけどな」
「え!?」
心を読まれたと思い顔を上げた私は、にこやかに笑うパールちゃんと目が合う。
「弁当盗っちまったのが始まりとはいえ、オレも思うところは多い。
なんかごちゃごちゃ考えんのも面倒だし、行こうぜ?」
「えっと、どこへ?」
「なに言ってんだ、準備しろ」
パールちゃんは強引に私の襟首をふん捕まえると、衣装室へと向かう。
「ちょうどいいから、このままルビアの家に乗り込んじまうぜ。
ほら袖がぐしゃぐしゃの服を着替えて、さっさと行くぞ」
「うええええぇぇぇぇ!!!?」
後に引かないイノシシの如き行動力。
そんな彼女に私はいつも助けられてきたが、この時ばかりは驚きを隠しきれないのであった。