表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

第5話  誰だ、こんなクソボス用意したの!


 ルビアちゃんとの昼食を終え、保健室で頬の治療を受けた私は、授業の途中で教室に戻った。


「おいおい、どしたよその顔」


「ふふん、グランデサンド争奪戦で負った傷が腫れてきただけよ」


 この説明をすれば大体皆が納得する。

 なぜなら、食堂で傷を作ったのはこれで四回目なのだ。

 ありがとうこの世界のバカな私、食の化身よ。


「まーた親に怒られるぜ」


「うっ、もうご飯抜きは嫌だなぁ」


 そんな他愛ない話を続け、私はマリンネスタの情報収集に舵を切る。


「ところでどうだった、マリン様」


「ん、ああ、久々に訓練に付き合ってほしいって頼みこんでな。

まーた1発も当たらなかったぜ」


 マリンネスタとパールちゃんは時々模擬試合で剣術の訓練をする。

 基礎に忠実で流麗なマリンネスタと違い、パールちゃんは粗暴な我流の剣術。

 どちらも王国の騎士様に引けを取らない腕前らしいが、あまり見たことがない。


「それで、マリン様の見えないとこで何してた?

わざわざあたしを足止めに使ったんだ、収穫無しとは言わせねぇぜ」


「あるにはあったけど……、まだ言えないなぁ」


「そっか、んじゃ話せるようになったら言ってくれよ」


「……うん」


 理解のある友達で助かるよ、パールちゃん。

 いつかあなたも、ルビアちゃんと一緒に笑ってくれればいいのに。


「それでは、今日の授業はここまで。

今日の内容はテストに出るから、復習を忘れんようにな。

特に後ろの二人!」


 急に指をさされ、硬直する私たち。

 その後は友達にノートを見せてもらったりと普通に過ごし、迎えた放課後。


「ここが頑張りどころだよね」


 ルビアちゃんには、私に敵意がないって認めてもらえた。

 後はマリンネスタからどれだけ彼女を引き離せるか。


「ひとまず今日は、私がマリン様をお茶にでも誘ってみようか」


 明日から三連休が始まる。

 だから今日の放課後さえしのげば、色々と作戦を考える時間が手に入るのだ。

 三日も熟考すれば、さすがのマリンネスタでも弱点くらい思いつくっしょ、私言うなれば神だし。


「えっと、あ、あんなとこに。

おーい、マリンさ……まぁ…」


 それは廊下の先で起こっている一悶着。

 床一面に散らばった書類と、尻もちをついたルビアちゃん。

 そして書類を踏みつけるように仁王立ちするマリンネスタの姿があった。


「えぅと、……アクアートご令嬢。

……一応その書類は来週使うものなので、もしよかったらどいてほしなぁ…なんて」


 物腰低い教員が手もみをしていると、マリンネスタは横目で一瞥しながら胸ぐらをつかみ上げる。


「取り込み中なのが見てわかりませんこと?

あなたもダイラムのように消えたいようですわね」


「ひぃぁっ!」


 ひどく怯えた教師はこの場を放置して逃げ出していく。

 事態の収拾よりも身の安全、仕方ないとはいえなんとカッコ悪い背中だ。


「あの、……もう行っていいですか?」


 ルビアちゃんの声に、マリンネスタは一切の言葉を返さない。

 私から見てもかなり怖い、……怖いけど。


「マリン様!」


「エスメラルダ?」


 私はこの学園でも最も古くから付き従っている手下。

 さすがに私になら、今のブチギレたマリンネスタにも話が通じるはず。


「マリン様、何やってるんですか?」


「見てわかりませんの、今取り込み中ですわ。

先に帰っていてくださる?」


 私に一切目を合わせてくれない。

 何があったか知らないけど、思った以上に怒っている。

 私はマリンネスタがこっちを見ていない隙に、ルビアちゃんにアイコンタクトをとる。


(大丈夫、何とかする)


 私はマリンネスタの手を握ると、改めて言い聞かせるように耳打ちする。


「熱くなりすぎです、マリン様。

ここだと大勢が見てますし、教師の目にも入った。

もし警備の者が止めに来れば、最悪王子の耳にも…」


 王子と聞いた途端、マリンネスタの顔から熱が消える。

 

「ふん、……そこのあなた、片づけときなさい!」


「ふぇっ、あっ、わたっ、私ですか!?」


 突然指をさされた野次馬の女子生徒は、驚きの声を上げて目を白黒させる。

 その場から早歩きで去っていくマリンネスタの視線が、一瞬だけ私を向く。


「エスメラルダ、少し付き合いなさい」


「え? うん、了解でっす!」


 私はルビアちゃんには目を向けず、後ろ手に隠した手を振った。

 ワイワイと言葉が流れ出す背後から「ありがとう」と声が聞こえたが、書類を拾ってくれている人への感謝かは区別が付かなかった。








「はぁ、わたくしとしたことが……」


「いやぁ、ひっさびさにブ千切れてましたね~。

あの時みたいでしたよ、ほら初等部の時に男子からスカート引っ張られた時の」


「もう一回怒りますわよ」


 マリンネスタと共に、私は校外のお洒落なカフェでケーキを食す。

 ちなみに私はこれでもう三皿目だ。


「はぁ~……」


「でっかいため息。

何があったか聞きますよ、話せば楽になることもあるでしょ」


「う~、そうね……いや、これ絶対本人に言うことではないのだけれど」


 どうにも歯切れが悪い。

 エスメラルダとしての記憶から見ても、長い付き合いであまり見たことないマリンネスタだ。

 

「いやその、あの女があなたを殴ったと、風の噂で聞いたんですわ」


「ぶべぁ!!!?」

 

 私はその場で盛大に紅茶を吹きこぼす。

 衝撃的な発言に口と脳みそと心臓がバグりかけた。


「なっ、その反応やっぱり!」


「いやいやいや、そんな話に踊らされたマリン様に驚いたんですよ!

この傷は食堂でのバトルで負った名誉の勲章ですって」


 驚いた。

 尾行や監視の目には気を付けていたし、あの場所を利用する人物なんて、マリンネスタとパールちゃんしか知らない。

 二人を足止めしていたあのタイミングじゃ、庭園で起きたことを知る人間なんて居ないはずなのに。


「そもそも殴られたなら、なんでマリン様やパールちゃんに何も言わないんですか。

その状況で私が黙っているわけないでしょう」


「それはそう!

わたくしの知ってるエスメラルダなら、菓子を落とした子供のように泣きじゃくり、

それはもう無様に情けなく告げ口しにくるに決まってますのに!」


「それ言うのは一切の躊躇ないんスね」


 拳を握り締めるマリンネスタの姿に、私はどうも愛らしさを覚えてしまう。

 思えば物心ついた時にはパールが。

 そして学園に入って初めて仲良くなったのがマリン様だっけ。

 

「それで、本当に殴られたわけではありませんのね?」


「当然、もみ合った際に誰かの肘が当たったんでしょ。

もちろん私だって当てた可能性もありますし、そこで恨むのは筋違いってもんです。

……あ、ケーキおかわりお願いしまーす」


 私が店員さんに注文を終えると、私の頭をくしゃくしゃ撫でる手の感触。


「んもぅ! ほんとに心配しましたのよぉ!

あなたもうら若き乙女なんだから、自分の身体、特に顔は大切にしませんと!」


「うむぉっ、……ふぁーい」


 なんだか母を感じる優しい手。

 一学年差とは思えない包容力に、なんだか頬が緩んでくる。

 それと同時に、彼女を敵視し騙している自分に、心の痛みを感じずにはいられなかった。








 その日の夜。

 私は自らの机で紙にペンを走らせていた。

  

「やっぱり何度考えてもおかしい」


 書き連ねたのは庭園の地図、そして人の隠れられるポイント。


「私たちが座ったのは庭園の端っこ。

校舎からは見えないし、道中の道は身を隠せない一本道、さすがに尾行あり得ない。

音は近くにある噴水の水音で聞こえづらいはず、偶然聞かれたってのは絶対にない」


 マリンネスタは私が殴られたという情報を人から聞いた。

 だから信じ切れず、ルビアちゃんを睨むしかできなかったんだ。


「じゃああの時私たちを見ていたのは誰?」


 私は時計を見て、羽ペンを懐に部屋を出る。


「あら、お嬢様? まだ寝ませんの?」


「うん、ちょっと目がさえちゃって」


 目指すは一階、使用人の使う7号室の部屋。

 

「夜遅くにごめんなさい、ちょっといいかしら」


「あらあら、どうしましたお嬢様?」


「以前貸した本を返してもらいに来たの」


「えっと……、そうだったわね」


 使用人は部屋の奥に入り、本棚を眺め始めた。


「すみません、どれでし……っ!?」


「本なんか貸してないわよ」


 私は喉元に羽ペンを突き付けて、諭すように告げる。


「年齢、生年月日、好きな食べ物、目玉焼きにかける調味料と独身歴を順に言いなさい!」


「……っ! 

意味わかんないけど、なんでバレたのよ!?」


 彼女は即座に身をひるがえし、煙玉を投げつけて粉塵と共に姿を消した。

 その様子はもはや幕末の忍者のような身のこなし。


「やっぱり……、これはまずい」


 本当にこれは私が書いた作品だからわかった事実。

 マリンネスタには諜報を得意とする暗部が三人いる。

 ……という没設定がある。


「マジかっ、この世界没設定まで取り込んでんの!?」


 本来なら物語終盤に判明する、偽従者の成りすましが事実だったとあれば。

 マリンネスタが異常な情報通だったのも頷ける。


「ふざけっ……ぐぅ~!!」


 夜も遅い屋敷の一室で、私は声高々に怒りを空にぶちまけた。


「誰だ、こんなクソボス用意したの!!!

出てこいバァーーーーーカ!!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ