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第4話  乙女の鉄拳は結構痛い


 翌朝、私は学園前の掲示板に張り出された一通の通達に、背筋をじっとりと汗で濡らす。


【一年教員、ダイラム・キャロリットを以下の罪状で永久追放とする】


 そこには、女子更衣室での悪事は勿論のこと、私が小説で書いていない細かな悪事が幾重にも書き連ねられている。

 情報提供者にマリンネスタの名があるが、ダイラム先生を追い詰める主導権を握っていたのは間違いなく彼女だろう。

 本来ならば、この事件は一週間かけてルビアちゃんと転入してくる王子が解決するものだ。

 なのに、たった一日で全容を暴き、いとも簡単に追放させた。


「なんつー手際の良さ……、嘘でしょ……」


「良かったですわね、エスメラルダ」


 親指の爪を噛む私の肩に、細い指が乗った。

 驚きを押さえつつ振り返る私の目に、美しい青の瞳が写る。


「マリン……様」


「あなたの為にやりましたのよ。

これに懲りたら、もう少し真面目に勉強することですわね」


 柔らかい笑顔を浮かべ、マリンネスタはどことなく上機嫌な足取りで去っていく。

 その背中が、煌びやかな衣装と裏腹におどろおどろしく見える。


「ルピアちゃんを救うには、あれを相手取るの?

……私の書いたキャラに勝てる気がしねぇんだけど」








 授業中は大事な作戦会議タイムだ。

 

「マリン様を正面から相手取るのは百パー無理として……」


 マリンネスタは私が住むこの国の辺境伯令嬢。

 しかも過去に王国騎士として名を馳せていた家柄で、国王様とも面識あり。

 剣術にも長けており、才のある者しか扱えない魔法を6歳で使い始め……と、挙げ始めたらキリがない。

 

「いやぁ、なんてチートな悪役令嬢。

スペックだけなら全然主役はれちゃうね」


 そもそも主人公補正バリバリのルピアちゃんと一国の王子。

 二人が手を組んでギリギリ渡り合える相手なんだもん。

 私が手を出そうなんて考えれば、羽虫のように蹴散らされるのは必至。


「せめてルビアちゃんに興味を失ってくれたらいいんだけど、理由が理由だしなぁ」


 マリンネスタがルビアちゃんを目の敵にするのは、来月編入してくる王子が関わっている。

 元々マリンネスタは国王に顔を覚えられる令嬢として、王子の妃候補筆頭だった。

 それがとあるダンスパーティーで、王子が男爵令嬢のルビアちゃんに一目惚れ。

 しかもあろうことか、王子はマリンネスタに恋愛相談をしてしまうポンコツを発揮。

 国のトップへの道が崩落しそうになれば、そりゃ没落目的でいじめもしますわ。


「ぐぅ……、考えれば考える程泥沼にハマっていく」


「どーしたよエメっち、腹でも壊したか?」 


「え? ……あっ、授業終わってる!」


 いつの間にか授業終了の鐘が鳴り、クラスメイト達は教室を出始めていた。

 この学園はお昼以外に30分程の休憩がある。

 普段の私なら食堂におやつでも買いに行ってるところだが、今日は大事な使命がある。


「パールちゃん、ちょっといい!?」


「あ? んだよ」


 眉を吊り上げるパールちゃんを教室の隅に引きずっていく。


「あのね、ちょっと相談なんだけど、

お昼休みの間、マリン様を足止めってできる?」


「は、なんで?」


「なんでも!!」


 もはや勢いでゴリ押す。

 するとパールちゃんは上を向き、めんどくさそうにため息をつく。


「はぁ、お前がそう言うときは大体話聞かねぇんだ……わかった、やってやるよ」


「ほんとに!?」


「食堂のグランデサンドイッチ五個」


「…………三個で」


「四個だ」


 ほどほどの沈黙の後、私はガックリとその手を取る。

 金はあるからいいんだけど、競争率高いから走らなきゃいけないのよね、グランデサンド。








「おばちゃんっ、グラサン五個!!!」


 昼食時の食堂戦争での激戦を制し、とても令嬢とは思えない走りっぷりで約束のブツを確保した私は、余分に買った一個を頬張りながらパールちゃんに配達。

 そしてすぐに他の教室に足を向ける。

 行先はもちろんルビアちゃんの所。


「ちわっす!」


「えっ、あっ、はぁ……、こんにちわ」


 ルビアちゃんの反応を見るに、まだ昨日の事は半信半疑という様子。

 ただ教室内は人目がありすぎて、何かしようものならすぐさまマリンネスタの耳に入る。


「ほれ、こっちこっち」


「えっ、あっ、ちょっと……」


 背後からのヒソヒソ声は「またマリン派閥」だの「ルビアさん可哀そう」だの。

 だがそういう声が多ければ、マリンネスタに届く情報もかく乱できるし丁度いい。

 

「ほらここ、私のお気に入りスポット」


 私が案内したのは、ほとんど使われない魔術修練校舎裏にある庭園。

 中央に噴水があるだけで、特別見どころもない平凡なつくり。

 こじんまりして、人気の花も少ないが手入れは行き届いている。

 

「ここは人がほとんど来ないから、のんびりご飯食べたいときなんかは最高なんだよね」


 私は鞄の中にみちみちと詰まった弁当箱を取り出した。


「そのおっきな鞄、全部お弁当だったんですね」


「うん、ルビアちゃんの分も作ってきたんだ」


「え!?」


 四段構造のお弁当箱を段々に開封し、庭園のテーブルに並べていく。

 ベーグルサンドにハンバーグ、から揚げモドキも作って結構豪勢に。

 気分はお花見だ。


「これ、全部エスメラルダさんが作ったんですか?」


「そだよー、こう見えて前世は……ああいや今もね、料理は得意なの。

さぁ、いっぱいあるから食べて食べて!」


 差しだしたフォークを受け取ったルビアちゃんは、緊張した面持ちで料理に手を付ける。


「んむっ!? おいひぃ!」


「でっしょ! それ黒コショウとバターがアクセントでね……」


 夜中にこっそり厨房を借りて、いろいろと準備したかいがあったわ。

 最高に可愛い推しキャラの笑顔が見れる、作者冥利に尽きるわね。


「とっても美味しいです。

実は私、料理とかしたことなくて」


「あ、ルビアちゃんが良かったら、レシピとか教えてあげようか?」


「本当ですか!?」


 まるで先日までのしがらみが無かったかのように、和気藹々とした時間。

 弁当が空になったころには、ルビアちゃんには私が理想とする笑顔が浮かんでいた。


「……やっと笑ってくれた」


「え? あっ……」


 少し恥ずかし気に彼女は口元を隠す。

 

「今回誘ったのはさ、ほんとに私の我がまま。

罪滅ぼしとか、そういうのももちろん含まれてる。

でもね、私は一日でも早く、あなたにこの学園を好きになってほしい。

私が、……私たちがあなたの学園生活を壊してしまったから」


「エスメラルダさん」


 ゆっくりと席を立ったルビアちゃんは、何かを決心した顔で私の前に立つ。


「ルビアちゃん?」


 どういう意図かわからず呆ける私。

 その頬に、まるで石でもぶち当たったような、鈍く痛烈な一撃。


「ふんぎぶばぁ!!」


 目の前がチカチカして星が舞う。

 上も下もわからなくなる感覚に襲われ、脳が情報を処理しきれていない。


「いいって言いましたよね、殴っても」


 痛めた拳をさすりながら、ルビアちゃんは涙をこぼす。


「私はやり返しました。

エスメラルダさんがやった事も、これで全部無しです!」


「あ、あぁうん、結構強引なのね」


 そういや後々、王子がウジウジしたシーンで、頬引っ叩いたりするんだもんな。

 見た目とは裏腹に、結構大胆に行動するんだなぁ。


「んふっ、ははははっ、ルビアちゃんいいね、かっこいいよ」


 これだよ、これこそ私の見たかった主人公。

 可愛くて、凛として、カッコよくて、おしとやかで、そして芯が強い。


「よし、私も考えを改める。

今までの事とか忘れたわけじゃないけど、償いなんて気持ちは持たない。

私が一緒にいたいから、だからルビアちゃんと一緒にいる!」


「はい……、改めて、よろしくお願いします!」


 二人の間に熱い握手が交わされる。

 まるで私たちの仲を祝福するように、学園に昼休憩終了の鐘が鳴った。

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