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第23話  無様なゴムまりです


 シチューやカレーなどには、市販のルーを使う。

 それは一般家庭に限らず、レストランなどの飲食店でも大抵がそうだ。

 ……私は失念していた。


「この世界、……ルーがないの!?」


 舞台設定は小説内で決めた記憶はないが、そりゃ悪役令嬢ものですもの。

 時代背景なんて明らかに数百年前。

 そういや明かりにランタンなんて使ってるんですから、シチュールーなんてあるはずないですよねー。


「くっ、せめてコンソメとかがあれれば!」


「んだそれ?」


 はい無いですよね~、知ってましたぁ~。


「パールちゃん塩コショウ取って!」


「コショウって……ペッパーかぁ!?

どんな高級料理にする気だよ?」


 そういえば昔は胡椒ってメチャクチャ高かったって、社会の授業で習ったような……。


「材料が……、無い……?」


 ヤバい、家庭科の授業で何度も【5】の成績を取った私が、この世界ではメシマズ!?

 

「材料ならちゃんとあります。

皆私の指示通り動いてください」


 そういってルビアちゃんはテキパキと指示を出す。

 今回はひとまず、マリンネスタの暴走を止めるという役割で腕を振るうことにした。

 司令塔の言う通り、炒め、混ぜ、加えて、煮込む!


「出来た!!」


 誰からともなく出た言葉は、キッチン全体に広がるシチューの香りに溶けていく。


「うっし、食べてみようぜ!」


 パールちゃんはウキウキでエプロンを外し、皿を並べてく。

 私はもう空腹で我慢が出来ず、すでにスプーンを握っている。


「見た目は完璧だね、……あとは味」


「みんなで協力したんだ、絶対美味いだろ」


「わたくしが今度こそ、完璧な料理を作り上げたことをお見せしましょう」


 そうして準備が整ったテーブルに並べられるシチュー。

 お腹の虫も鳴り響き、私は力強く手を合わせた。


「いただきます!!!」


 トロトロに煮込まれた具材にスプーンを通し、その柔らかさを確認。

 たっぷりとスプーンで掬い、一気に大口の中に放り込む!


「んむぐぅ……んむ……んん」


 きっとみんなの感想は一致してると思う。

 私はゆっくりとスプーンを置き、その気持ちを代弁する。


「……微妙」


 なんだか少し味が薄い。

 深味やコクなんかも感じられず、海外産の激安レトルト食品みたいな味になってる。


「どうして? マリンネスタさん。

あの時にお願いした鍋の中身は、ちゃんと入れたんですよね?」


「鍋ですの……ああ!」


 マリンネスタはポンと手を打って、思い出したように笑う。


「あの鍋、誰だか知りませんけれどゴミ箱と勘違いしてましたわよ。

野菜のヘタとか芯とか皮とか、食べられないものばかり。

中身は捨てて綺麗な水を入れておきましたわ」


 その自信満々の表情、仕草、どや顔で張る胸!

 怒りを通り越して呆れを交えつつ、もっかい怒りに戻って来る。

 私ら三人の額の筋がぴくぴくと震えた。


「そりゃブイヨンじゃあゴラァ!!!」


「だし汁消滅させてどうすんじゃああぁぁいぃ!!」








 時刻は夜の七時。

 テーブルを埋め尽くす試作した料理の数々と、それを平らげた皿の山。

 マリンネスタに料理の講義を挟みつつ、猛特訓した結果の16皿。

 

「うっぷぁ……死ぬ」


「そりゃこの量食えばエメっちでも消化し切れねぇよな」


 私の丸々膨らみゴムまりのようになった腹をさすりながら、パールちゃんは積み上げられた皿を眺める。

 日本教育のたまものである勿体ない精神をいかんなく発揮した私は、そのすべてを自らの胃に詰め込み切っていた。

 

「みんなも……、もうちっと……食ってよ」


 詰め込んだ食べ物で声まで圧迫される私の訴えに、皆は聞こえないふりしながら目を背ける。

 まぁそうですよね、なんだかんだここにいる全員いいとこのお嬢様。

 そりゃ太りたくないでしょうしね。


「さぁ完成しましたわよ!」


 シチュー、パスタ、揚げ物に続きパンケーキやクッキーなどの菓子類も全て失敗してきたマリンネスタ。

 そんな彼女が意気揚々とテーブルに置いたのは、私の胃を逆流させるような濃厚な匂い漂わせる一品。


「グリルチキンステーキですわ!」


 もういっそ白湯が欲しいタイミングでの、豪快なメインディッシュ。

 

「私も止めたんだけどね……、絶対成功させるのはこれしかないって聞かなくて」


 さすがに量は少なめ。

 みんなで取り分けるとしても、無理をすれば胃に入らなくはない。

 ……私を除いて。


「殺す気ですか?」


「エメっちはもう休め」


 私を置いて食卓を囲む三人。

 なんだか置いてきぼりにされた疎外感で胃のダメージが気持ち増加する。


「それでは、材料的にも最後の料理です。

今度こそ……今度こそいただきます!!」


 ルビアちゃんが力強く手を合わせ、マリンネスタとパールちゃんも続く。

 そしていの一番にスプーンを口に運んだのはパールちゃん。


「はふっ、んっ、これ……」


 じっとりとかみ締め、租借したものが喉を通る音がこっちにまで聞こえた。

 瞬間、パールちゃんが椅子を蹴るように立ち上がる。


「うめぇ!? これっ、マジで美味ぇよ!!」

  

「すごい、こんなにトロトロに……」


「ふふふっ、これがわたくしの真の実力。

ようやく皆さんの舌に届かせることが叶いましたわ」


 これまで漂っていた暗雲が嘘のように、食卓には笑顔の花が咲く。

 …………私を除いてなぁ!!


「ぐっ、せめて……ひと…く、んぷっ」


 失敗作を全て胃酸で処理しようとした代償は重く、私は瞳に涙を浮かべながら、無様に床をぽよんぽよん転がり続けるのだった。


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