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第21話  貴様の罪を数えろ


 時は前日の夜にさかのぼる。

 

「……こんな時間に何の用ですか?」


 ルビアちゃんが遠慮がちに開ける扉の先には、腕を組んで仁王立ちするマリンネスタの姿。


「いえ、……その、近くに来たから寄っただけですわ」


「そんなボロボロの格好でですか?」


 スカートは一部が破れ、ところどころに汚れが目立つ。

 靴のヒールも折れ、顔には泥が付く。


「なんだか逃亡犯みたいですよ」


「うっ、ともかく、今お邪魔してもよろしくて?

少し大事な話がありますの」


 普段ならばどう考えても断る状況。

 だが明らかに通常の環境とは異なる状況に、安易に拒絶するのも気が引ける。


「……変な話なら帰ってもらいますからね」


「善処いたしますわ」


 そういって通された奥の部屋で、二人は向かい合って座る。

 出された紅茶に一切手を付けることもなく、マリンネスタはじっとりと額に汗を浮かべ、落ち着かない様子で視線を揺らす。


「大事な話が……、あるんですよね?」


 沈黙に耐えきれず、ルビアちゃんは部屋に充満する静寂の空気に切って入る。

 

「何をお話されたいんですか」


「うっ、その……」


 いつまでも歯切れの悪いマリンネスタに、ルビアちゃんも連続する沈黙に気分を落ち込ませた。

 テーブルの上に置いてある紅茶が湯気を出さなくなった頃、苦々しい表情でルビアちゃんが口を開く。


「……話すことがないのなら、もう帰っていただけませんか?

私も、明日の勉強をしなくてはいけませんし」


「あっ、そのくらいだったらわたくしが……、あっ、いや、違う……」


 マリンネスタは顔を伏せて髪をかき乱す。


「そうじゃない……そうじゃありませんの。

わたくしは、…………わたくしは……」


 呼吸の荒くなるマリンネスタに、ルビアちゃんは恐怖で少し身を引いた。

 すると、マリンネスタは力強く机に手をつき立ち上がる。


「ひっ、ま……マリンネスタ様?」


 殴られる、そう思ったルビアちゃんはキュッと目を閉じた。

 しかし、何秒待っても体には一切の衝撃が走らない。

 静まり返った瞼の外が気になって、ルビアちゃんは恐る恐る目を開けた。


「今までの事、全てをお詫びいたしますわ、この通り!」


 見たこともない姿。

 足元にひれ伏し、土足の床に前髪を押し付け、謝罪の意を示す。

 平民ならいざ知らず、辺境伯家の長女、次期当主候補とされ国家への発言力も強い。

 そんな超が付く大物、マリンネスタ・アクアートが土下座をする。

 この光景を人に伝えても誰一人として信じないほどの事態が、ルビアちゃんの前にはあった。


「……なんのつもりですか?」


「これ以上の謝罪の方法はない、そう思っただけですわ」


 謝罪。

 それは確かに、心の奥底でルビアちゃんが欲していたものではあった。

 だが、そう簡単に得られるものではないのも事実。


「考えを聞かせてください!

急にきて頭を下げられて……、私には意味が分からないんです!」


「エスメラルダとパールの事を聞きましたの」


「え!?」


 二人の名前に虚を突かれたルビアちゃんは、責め立てようと考えていた怒りの言葉を忘れ去る。


「……誰から聞いたんですか?」


「もちろん本人たちから」


 マリンネスタは顔を上げると、自虐的な笑みを浮かべた。


「お笑いですわよね。

大抵のことを知っていると自負していたわたくしが、両親よりも身近な二人の事を全然知らなかっただなんて」


「……でも余計わかりません!

そのことを知ったなら怒るんじゃないんですか?

どうして謝罪なんてしに来たんですっ、訳が分かりません」


 マリンネスタはまたもや言いづらそうに顔を背けそうになる。

 しかしもう気持ちが吹っ切れていたのだろう。

 すぐにルビアちゃんのほうへと視線を戻し、深く頼み込む。


「無礼を承知でお願いいたしますわ。

……わたくしに、料理を教えていただきたいんですの!」


 再び額を床につけるマリンネスタ。

 その強すぎた勢いは、ゴンッと鈍い音を響かせた。


「料理……、なんでまた急に?」


 マリンネスタは王子との食事会を約束してしまったことを簡潔に説明した。

 その上で必ず成功させたいと、たとえ虐めていた相手に土下座することになっても。


「えっと、マリンネスタ様って、結構周りが見えないタイプですか?」


「へ? いえそんなことはないと思いますわよ?」


 キョトンと目を丸くするマリンネスタに、ルビアちゃんは言いづらそうに進言した。


「普通に自分の家のお抱えシェフとか、王都の有名店シェフを雇うとか。

あなたほどのご令嬢なら、教わる相手は星の数ほどいるのでは?」


 ルビアちゃんの意見に、マリンネスタは立ち上がる。


「それでは、……ダメなんですのよ」


 何か闘志の宿った眼を輝かせながら、マリンネスタは力いっぱいこぶしを握る。


「高級料理なんか食べ飽きている王子様には、金よりも愛情のかかった乙女料理!

最高に届かせようと試行錯誤の跡が垣間見える、継ぎ接ぎだらけの絶品料理!

そんな美味しさを求めないと、あの天然王子の舌には届かないのですわ!!」


 言い終わったマリンネスタは再び膝をつき、正座の体制に移行した。


「というわけで、わたくしに料理を教えてほしいんですわ!!」


「なるほど……」


 ルビアちゃんもその熱量と、しっかり謝罪をしてきた誠意に免じ、マリンネスタの手を取った。


「いいですよ、私の料理でよければ教えて差し上げます」


「ほ、本当ですの!?」


 許しが出てほんのりと涙をにじませるマリンネスタ。

 しかし、ルビアちゃんは「ただ」と言葉を続ける。


「今まで台無しにされた教科書とノート、隠された靴二足の弁償。

その他もろもろの罰として、殴らせてもらいますが、よろしいですか?」


「え?」


 想像していなかった交換条件に素っ頓狂な声が出る。

 ただ、どうもイエスと言わないと話が進まない様子。


「お、お手柔らかに……お願いしますわ」


「いえ、もちろん全力です」


 ルビアちゃんの受けた長年の恨みつらみは、拳へ乗せられ振り下ろされる。

 鍛えてないのがウソのような重みのある拳は、一切の容赦なく全弾顔面へと飛来していく。

 肉と骨のはじける音がやむまで、十数分の時間を有したという。


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