第2話 やだ、私のキャラ可愛すぎ
食中毒騒動から丸一日。
被害者生徒のほとんどが学園へ復帰し、いつもと何ら変わらない日常へと戻っていた。
……私をのぞいて。
「憂鬱です、マリン様」
「珍しいわね、エスメラルダがそんな顔をするなんて」
不安たっぷりで登校した私が、とりあえず相談する相手は彼女。
この世界でヒロインをいじめる悪役令嬢であり、学年が一つ上の私たちのリーダー。
少し黒の入った青髪を腰まで伸ばし、ただでさえ高い身長をヒールでさらに底上げしている。
名前を”マリンネスタ・アクアート”
宝石のアクアマリンと悪をかけたしょうもない命名だったことを、うっすらと覚えている。
「あら、よほど昨日の事が堪えているみたいね」
「それもそうなんですが……」
とはいえ、前世の記憶が蘇った上にこの世界の創造主だって言ったら、多分もっかい病院に戻される。
この悩み、相談するのも一苦労ね。
「ねぇマリン様、……うぇ!?」
横目に見た彼女の顔は、まるで旦那の浮気を追い詰めるような黒い笑みを浮かべていた。
「あらぁ……あの子今日も元気に登校してるのね。
昨日の食中毒に巻き込まれたのが、エスメラルダじゃなくあの子だったらよかったのに」
ニヤニヤと悪態をつく視線の先。
もしやと思い、私も習って同じ方向に視線を向けた。
「あっ……」
淑やかに歩く一人の女生徒。
薄桃色のポニーテールが風に揺れ、後ろ頭に付けた赤いリボンが目を引く。
淡いルビーのような赤みがかった瞳は少し下を向き、うつむいた表情が保護欲を掻き立てる。
「ルビアちゃん……」
この世界における主軸、主人公ルビア・ローズナー。
前世の記憶が戻る前はうっとうしくて、イライラする女とか思ってた。
でも今私の前を歩いてる彼女を見て、胸の高鳴りが止まらない。
「マジで……尊い……」
「ちょ、エスメラルダ?」
めっちゃ推し、推しでしかないあの子。
そりゃそうだよ、私が好きな要素を全部詰め込んだ超絶美少女よ!?
付け加えるならば私が生んだ娘も同然、愛着が形を持って歩いているかのよう!
「まっ、マリン様! 私ちょっとお花を摘みにぃぃ!!!」
「エスメラルダぁ!? あなたどうしちゃったのよ!?」
マリンネスタの声を尻目に、私は全速力でその場を離れた。
あのままいたら緊張やら何やらで卒倒しかねない。
「はひぃっ! はひぃっ! 心臓が……やばい!」
前世で初めて本気で賞に応募しようと全力で書いた主人公像が、ああも明確に再現されて……。
「うひひ……、アニメ化とかしたらああなるんだろうなぁ」
私の横を通るモブ生徒からの痛い視線やらひそひそ声が聞こえてくるものの、羞恥心程度で止められるニヤニヤじゃない。
そうして興奮と喜びが全身を駆け巡り、高揚感に頬を赤らめていると、今度は現在の記憶が私の精神を押しつぶしてくる。
「そういえば私、ルビアちゃんになにしたよ?」
何日か前にお弁当を横取りし、その前は教科書に落書きして、お弁当を盗み、本を隠して、お弁当を奪い、お弁当を……。
「うぐ……そういえばエスメラルダってちんちくりんで痩せの大食いキャラだった。
思い返す嫌がらせがほとんど弁当関連って、どんだけ食い意地張ってんのよぉ」
テンションの急降下で頭を抱えうずくまる私を見て、聞こえてくるヒソヒソ声が倍加する。
そんな声の一つが、ガサツな足音とともに近づいてきた。
「エメっち何してんの?」
「……パールちゃん?」
私を見下ろすそばかすの少女は、カチューシャで短くまとめた金色の髪をかき上げる。
彼女の名前は”パールリット・モンテラス”
粗暴でガサツ、喧嘩っ早くて有名な学園の問題児。
今の私、エスメラルダの幼馴染で、小説内ではマリンネスタの手下その2だった子だ。
「どうせ昨日の事でいじけてんだろ?
折角だ、憂さ晴らしにマリン様に付き合おうぜ」
「付き合うって何に?」
「そりゃ決まってんだろ、ルビアの奴に常識教えてあげにさ」
それを聞いた瞬間、言葉を理解できない私がいた。
と同時に、いつもの事と思考していじめのプランを脳みそが考え出す。
「ちょ、あの、……マリン様って今何してるの?」
「そりゃルビア囲んで色々と……っておい!」
私の足は言葉より早く駆け出していた。
ぽかんとするパールを置き去りに、さっき逃亡を図った時を超える速度で中庭を走り抜ける。
「私の推しをっ、傷つけんなあぁぁぁーーー!!」