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第19話  仮病なら任せておけ!


「ちくしょう、どこ行きやがったあのサル令嬢!」


「パールちゃん、どんどん罵倒がアウトになってってる」


 しかし寮周辺に姿はない。

 さすがに令嬢としての節度をわきまえていれば、そう遠くへは行かないはずなんだけど。


「オレ、もう一回近くの林探してくるぜ」


「うん、お願い!」


 この学園周辺の地域は、王都の敷地内にはあるものの、街のはずれに位置してる。

 その為周辺にはそう建物も多くない。

 ランタンも持たずに走り去ったマリンネスタに頼れる光源なんて、月明りくらいのものだ。


「行ける場所なんて相当限られてるはず。

ホントどこ行ったのよ、あの馬鹿ラスボスは」


 その後一時間以上探したが、マリンネスタの足取りを掴むことはできなかった。

 







「ぅあ? あー、パールちゃんおはよう」


「おっすぅ~、エメっちぃ……」


 翌朝校門で鉢合った私たちは、過去最低レベルに覇気のない挨拶を交わす。


「なんか昨日は全然寝れなくてな」


「あーうん、私も」


 一晩明けたが、マリンネスタが見つかったという情報は入っていない。

 念のため自分たちの教室へ行く前に、マリンネスタの教室を訪ねてみた。


「あー、アクアートさん今日はお休みだって、珍しいよね」


「そうですか、ありがとうございます」


 クラスの先輩に教えてもらい、二人でがっくり肩を落としながらその場を去る。

 テンションが戻るはずもなく、暗い顔で自分の席に着いた私たち。

 しかし教室内でマリンネスタの話材は一切流れてこず、やはり王子様関連の話しか流れてこない。


「おいおい、マリン様のこと全然話題になってないじゃんか」


「もしかしたらアクアート家のほうで情報規制でもしてるのかも。

仮にも辺境伯家の次期跡取りが失踪は、どう捉えてもただの家出じゃすまないじゃん」


「そっか、エメっち頭いい」


 ひとまずこの事態を私たちの中で納得させたまま、王子の話題で耳の痛む喧騒に身をゆだねた。

 しばらくはいつもと変わらない日常が続き、一時間目、二時間目と授業は進み、そしてお昼休み。


「っらあぁぁっ、脱出!」


「へっ、人間ビッグウェーブも慣れてきたもんだぜ!」


 王子を狙う女子集団が一緒に昼食を食べようと狂喜乱舞する激戦区を早々に切り抜け、私たちはルビアちゃんのいる教室へと足を向ける。


「ねぇ、ルビアちゃんにマリン様探すの手伝ってって言ったら怒るかな?」


「どうだろうな……、一発ぶん殴るって制約つければアリなんじゃね」


「一発で済む? それ」


 そんなことを話しながら、ガラガラになった廊下を進む。

 相変わらず人気の無い他教室のドアを開けると、そのまま勝手に中へ入りこんだ。 


「よーっすルビア……あれ?」


 パールちゃんの無駄にでかい声が反響するだけで、返事が返ってくることはない。

 教室の中は人っ子一人いなかった。


「なんだよルビアのやつ、ジュースでも買いに行ったのか?」


「ううん、見て、ルビアちゃんの席に鞄もかかってない」


 普段なら大抵の生徒が席の脇にぶら下げておくもの。

 ルビアちゃんも例にもれず同じ置き方をしてたのだが、今はそれが見当たらない。


「机の中にも教科書類は入ってないか……」


「休み……、こんなタイミングで?」


 そもそもルビアちゃんはあまり風邪をひくタイプではない。

 たしか小説内では、第四章で王子様がらみの事件に足を突っ込んだ時以外皆勤賞だったはず。


「パールちゃん、これ何もないって考える?」


「そう思うやつは脳みそにマシュマロでも詰まってんだろ」


 私たちは何を言うでもなく目を合わせ頷くと、全力で保健室へと駆け出した!


「「早退届くださあぁぁーーーい!!」」


 過去ここまで元気いっぱいに保健室の戸を開け放つ生徒がいただろか。

 もういっそ叩き壊す勢いで乱入した私たちに、保健室の先生も目を白黒させる。


「なっ、なっ、えぇ!? なんですかあなたたち!?」


「すいません、オレら早退届もらいに来ました!」


「右に同じでっす!」


「めちゃくちゃ元気じゃない……」


 当然の反論に微妙な沈黙が流れる。

 仕方ない、ここは小学生のときアイドルを目指して、即座に挫折した経験のある私の演技力の出番ね。


「がはっ、お腹……お腹がすごく痛くて……」


 お腹を押さえ内股で全身を痙攣、うつろに眼球をグリングリン動かしよだれを垂らす。


「うーん、便秘じゃない?

保健室のトイレ貸すわよ」


「年頃の女子に何言ってんだっ!

シバくぞちくしょう!!」


 どうにも私は微妙な結果。

 私はあきらめに近い感情で、横に立つパールちゃんの様子を見た。


「血ぃ吐きましたっ、早退します!」


 パールちゃんの咳と共に噴き出す鮮血と、充満する血のにおい。


「ぎぃやああっぁぁぁぁああ!!」


「うわぁぁあぁぁぁああぁぁあ!!?」


 先生は飛び上がり、治療用の薬品箱をひっくり返す。

 

「えっ、ちょっ、どうやったん!?」


 先生が背中を向けたすきに、私は耳打ちで聞いてみた。


「そりゃもうほっぺの裏をガブーよ」


 あぁ……、聞かなきゃよかった、痛そう。

 

「ああえっと、今すぐ王都に連絡するからね!?

急いで治療しなきゃだから!」


「平気っス、家に腕の立つ医者がいるんで、早めに帰してもらえたら助かるっス!」


 血が出て喧嘩スイッチでも入ったのか、なぜかいつもよりオラオラなパールちゃん。

 でもそのおかげか、特に追及されることもなく早退を許された。

 ちなみに私はパールちゃんの付き添いということで一緒に早退。

 演技とはいえほっぺ噛み千切る勇気は私にはなかったなぁ。


「でもこれでルビアちゃんのもとへ行ける」


 何があったのかわからないけど、異常事態なのは間違いない。

 待っててルビアちゃん、今行くからね!


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