第18話 論破なんてされませんわよ
「ルビアに料理を教わるぅ!?」
マリンネスタは車に轢かれた猫でも見たかのように顔を引きつらせる。
「そうです、あの子にだったら教わる価値があります!」
豪語してマリンネスタに大口をたたく私の袖を、いっそ破れるんじゃないかという勢いでパールちゃんが引いた。
「おまっ!? まだそれは!」
「いや、むしろ今しかない」
私たちの会話にはてなマークを浮かべるマリンネスタは、だんだんとその肩を振るわせる。
「なっ、なりませんわ!!
あんな下賤で性悪な女の手を借りて料理だなんて……。
そんなものっ、泥を皿に乗せたほうが幾ばくかマシですわよ!」
今にもテーブル叩き壊しそうな勢いで激昂するマリンネスタ。
その顔には強い拒絶の色が浮かぶ。
「どうしても嫌ですか、マリン様」
「当り前ですわ!
なぜ急にそんなことを……はあ!? ……まさか!」
マリンネスタはどこからともなく剣を取り出すと、鬼の形相で振りかぶる。
「あの女に脅されたんですわね!?
こうなったらわたくしが今から切り刻んで…」
「落ち着けぇ!!」
「うげぇ!!?」
私から目をそらし勝手に怒った隙に、そのみぞおちにドロップキックを決め込んでやる。
「話を聞いてくださいマリン様」
「もっかいもどすかと思いましたわ……」
両手でお腹を押さえるマリンネスタの横から、パールちゃんがそっと桶を差し出す。
気遣いはいいんだけど吐かせない方向で行ってほしい。
「いまさら何を怖がってんですか!
ハッキリ言っときますよ、あなたは王子が取られるのを怖がってただけでしょうが!
違いますかマリン様!」
「エスメ…ラルダ……?」
「エメっち、お前……」
自分で言っときながら、私まで熱くなってる。
気を落ち着けるため深呼吸して間を置くと、私は再び口を開いた。
「今回最大のチャンスを恥ずかしがって逃したのはマリン様です。
ではどう決着を付けて完璧な形に持っていくか。
今マリン様には名案なプランなんて何一つとしてないでしょう?」
「ええ、……まぁ」
「そこでルビアちゃんですよ」
私は強調するように机をバンバンと叩く。
「あの子の料理の腕は学園でも評判!
更にルビアちゃんは王子との食事会に何回もお呼ばれしてると聞いたことがある。
これはつまり王子好みの味付けを熟知してる可能性は大!」
「そ、それは確かにそうですけれど……」
理にはかなってる。
それはわかっているし、否定の言葉も出てこないのだろう。
しかしそれでも、マリンネスタの口からは「でも」という言葉がこぼれた。
「わたくしに……、今更どんな顔で頼めと言いますの!?」
「オレは土下座したぜ」
「え?」
私に乗っかるように、パールちゃんも隠すのをやめた。
「マリン様が知らねぇだけでよ、オレたちもうそういう段階まで来てんだ。
ルビアのやつとも和解してる。
正直言うと、王子のやつを早めに学園へ来させたのもオレたちだ」
「なぁ!?」
マリンネスタの情報網はすごい。
令嬢界隈でのネットワークも張り廻らせているし、人の集まる会は逃さず、あらゆる情報を早耳で入手する。
そういった人の噂なんて特に敏感なはずなのに、知らなかった、気づかなかった。
突きつけられる事実が、マリンネスタに重くのしかかる。
「あなたたちは……、向こうの派閥に行ってしまったのね」
「そりゃ違うぜ」
私が言うより先に、パールちゃんがずいっと身を乗り出す。
「オレたちはどこまで行ったってあんたの派閥だ。
ってかそもそもルビアのやつに派閥なんかねぇって」
「うん、普通の友達。
……ねぇ、マリン様、もうこういうのやめにしない?」
「うっ、でも……でも!」
涙目になったマリンネスタは、それでもなお首を横に振る。
「恥を捨て、誇りを捨て、蔑んだ者に頭を下げて……」
頬を流れ落ちる涙をスッと拭うと、彼女は立ち上がり窓を開けた。
「それで王子様と結ばれなかったら、どう生きて行けというんですの?」
それだけ言うと、マリンネスタは素早く窓から身を投げ出す。
ここは三階、落下したら無事じゃすまない!
「ちょっとぉ!!」
「おいマリン様!!?」
私たちは二人そろって窓の下を見やる。
眼下には木を伝ってするする降りてく情けない後ろ姿が。
「うわぁああぁ!! あの人悲劇のヒロインぶって逃げたぁ!!」
「丸め込まれそうになったからってずりぃぞっ!
待てコラァ!!!」
予想外の逃亡に動揺しつつ、とにかく追いかけねばと私たちは部屋を飛び出した。




