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第17話  折れたぞこの野郎


 ここはマリンネスタの住む学生寮。

 緊急事態ともあって、私たちは学校終わりの放課後、急遽ここに集まることになった。


「なんでっすか!?

お家でお食事会なんて、やろうと思えばいつでも出来たでしょ!?」


 王子に提案された一世一代の願いをかなえるチャンスに、マリンネスタが言った願い。


『次の休みに、わたくしの家で料理を食べませんこと?』


「ちがうじゃん!!」


 私は力強くテーブルに両手を叩きつける。


「私が天使の真似事してスカート切り刻まれて、ようやく掴んだチャンスだったんですよ!?

結婚まで行かなくても、デートとかお泊りとかチューとかさぁ!

いいじゃんそこは欲望丸出しで!

なにゆえあそこで日和ったんですかバカぁ!!」


「しゅみましぇん……」


 マリンネスタはしぼんだ風船のように縮こまる。

 さっきの鬼神っぷりはどこ吹く風。

 今では私のパンチでさえ床に転がりそう。


「まぁまぁ、今後に活かしていこうぜマリっさん」


「マリっさんは勘弁してほしいですわ」


 豪快に笑いながらマリンネスタの背中をバンバンと叩くパールちゃん。

 その額には青筋が走っており、見事な怒りマークが形成されている。

 まぁあそこで日和らなければ全部の問題が円満解決してたんだもんなぁ。


「ってわけで作戦会議です!」


 私は空気を切り替えるためにパンッと手を打った。


「もう言っちゃったもんは後悔しても変わらない。

ならばっ、約束しちゃった食事会でメロメロにすればいい!」


「そ、そんなことできるんですの!?」


 マリンネスタの期待のまなざしを受け、私は鼻を鳴らして胸を張る。


「マリン様、料理は得意ですか?」


「それはもちろん……」


 三人の間に流れるいやな沈黙。

 答えないマリンネスタは、そそくさとキッチンへ駆け出す。

 15分後、ホカホカのお皿に乗ったものを見て、私の表情筋が凍り付く。


「これは、なんというか……」


「馬の蹄?」


「チュロスですわよ!!」


 緩やかなカーブを描く焦げ茶色の物体。

 パールちゃんが排泄物に例えなくて安心したほどだ。


「まぁでも、食べてみなきゃわかんないわけだし」


 私は恐る恐る蹄チュロスを手に取って観察する。


「重くて……硬い!」


 重みに慣らすように軽く振ると、ずっしり返って来る確かな存在感。

 異質すぎて感想が初めて買ったダガーナイフみたいになる。


「それじゃあ、いただきます」


 パールちゃんは汗を流し祈るような目で見てくる。

 マリンネスタは気恥ずかしそうに顔を赤らめている……どういう感情なんだ?

 いやいやでも、マリンネスタにメシマズ設定はつけてない。

 これで王子に続きマリンネスタまで料理ができないなんて、そんな設定被りナイナイ。 


「はぐぎっ……」


 パキッと音が鳴る。

 味は砂糖の存在を何も感じられない野性味あふれる風味。

 鼻から昇って来る臭みのような、生苦いものを私はどこかで味わったことがある。


「……口内炎?」


 べっと舌を出し、砕けたと思われる噛み応えの悪いチュロスの破片をつまみ上げる。

 そこには赤黒く染まる白の粒。


「歯じゃん」


 私は静まり返る二人の方へぐりんと首を向け、生気のない目で繰り返す。


「これ歯じゃん」


 痛みとショックは私の喉から声なき声で音響をかき鳴らす。

 ここまで耐えてきた私だったが、とうとう平静メーターも限界まで振り切れた。


「歯が折れたあああああぁっぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!?」


「うわあぁぁぁぁぁああああああっ!! エメっちいぃぃぃいぃぃぃぃいっぃぃ!!!」


「申し訳ありませんわあぁあぁぁぁぁぁあぁあぁ!!!!」


 貴族令嬢三人の大絶叫が部屋中を揺らす。

 使用人が一斉に部屋へ押しかけ、やんややんやと騒ぎは大きくなった。








「まさかマリン様がここまで料理ができないとは」


 片づけと私の歯の治療が終わった頃には、夜も遅くなり帰りの時間が迫る。

 

「はっはっはっ、見ろよこれ釘も打てるぜ」


 パールちゃんはさっきの鋼鉄チュロスが気に入ったのか色々なものを叩いて遊んでる。

 ちなみに鋼の甲冑とかはへこんでいた。


「くぅ、マリン様が手料理作れないなら、ホントに食事会の意味ないじゃない!」


「い、いやでも今から練習すれば間に合うのではなくて?」


「あと四日で並みまで昇格すれば上出来ですよ」


 このままじゃマジでただご飯食べて終わりになる!

 美味しかったねで終わらせるイベントとしては惜しすぎるでしょ!?


「どうするエメっち?

今からでもデートに変えてもらう手紙でも出してみるか?


「そんなの強欲で優柔不断なレッテル張られて評価下がるわよ!

違う違う、そういうんじゃなくって、もうちょいまともな手を……」


 いや待てよ。

 私は記憶をひねり出す。

 

「あれはどこだったっけ、確か第三章の冒頭……」


 ブツブツと呟き部屋をくるくると回る。

 そして思い出した。


「そうだ、短い描写で記憶から抜けてたけど、料理に関して適任がいるじゃない!」


 王子は料理ができない不器用な一面があったが、ある時に改善される。

 それは第三章、仲が深まったルビアちゃんとダイナリー王子は勉強会と称したお泊り会を決行。

 三日間の連休を利用した甘酸っぱいストーリーだが、王子が母である王妃様にリンゴのパイを作ってあげたいと奮闘する話がある。

 そう、肉もまともに揚げられない厨房初心者な王子が、菓子を作れるレベルまで上達するのだ。


「……行けるかもしれない!」


 ここに来て、マインネスタ説得という新たな勝負が、私の中で勃発するのだった。


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